2015年を移民政策論争の決着をつける年にしよう

坂中提案

坂中構想は人口秩序崩壊の脅威にさらされている祖国を救いたい一心で立てた移民国家ビジョンである。言うまでもなく空理空論ではない。35年の外国人行政の実務経験に裏打ちされた実現可能な移民国家創成論である。

2005年に法務省入国管理局を辞職後は、移民政策研究所の所長として移民政策に関する理論的研究に専念し、数々の論文、著書を発表した。長年の努力が実を結び、坂中構想に転機が訪れた。2014年に移民政策がにわかに政治課題にのぼった。同年2月の衆議院予算委員会で安倍晋三首相は「移民受け入れに関し国民的な議論が必要である」旨の答弁を行った。

2015年を移民政策論争の決着をつける年にしよう。私が移民国家議論の先導役を務めるので、政界をはじめ各界各層の間で徹底した議論を行ってほしい。そのうえで、移民政策は国の形と国民の民族的構成を決める国家百年の計であるから首相の政治判断にゆだねよう。

さて、この2年半、インタ―ネットの世界で移民国家をめぐる議論が盛り上がっている。「移民」「移民政策」「移民革命」などの言葉を使った坂中英徳の小論文が載らない日はない。

また、月刊誌『WiLL』(2015年1月号)が「移民政策大論争」と銘打った特集を組んだ。かくして移民興国論者の私と移民亡国論者との間で論争が始まった。ただ、移民亡国論の陣営は、人材不足なのか、移民批判の種が尽きたのか、国民の支持が得られないと肌で感じたのか、理由は定かでないが、すっかり鳴りを潜めた。白熱の移民政策論争を期待したが、線香花火で終わった。

いっぽう、移民興国論の元祖である私へのメディアの取材が増えた。移民政策研究所に見える内外の記者は「坂中さんの移民政策を応援する」と熱く語る。最近、講演で日本型移民国家構想を話す機会が増えた。聴衆の反応も上々である。以前と異なり、「このままでは日本が危ない。移民の受け入れを急ぐべし」という声が圧倒的に多い。

このように移民政策に好意的な世論が形成されつつあることに加え、外国人観光客が爆発的に増えて国民の外国人観が好転したことも影響して、時代は移民の受け入れを了解する方向に舵を切った。厚い岩盤が崩れて移民国家への道が通ったと実感する。

付言すると、移民問題が政治の争点に浮上すれば、「移民は嫌い」という見解を唱える政治家や、「移民の排斥」を公約に掲げる政党の出る幕はないと認識している。穏やかな意見の持ち主が主流の日本社会において「排外主義者」「国粋主義者」のレッテルを貼られた政治家の末路はみじめなものである。

以下は、移民政策研究所の所長がえがく「移民国家への道」のシナリオである。国民的議論を尽くせば、国民の常識に従って移民政策に国運をかける方向で国論が定まるだろう。

事柄の性質上、国民が移民の受け入れにもろ手を挙げて賛成するということにはならないかもしれないが、「移民に頼るしかない」という移民容認の意見が大勢を占めるに至り、国民の多数意見を踏まえた政府部内での検討の結果、50年後の日本が一億の人口を確保する政策の中心に移民政策をすえる政府方針が固まり、時の首相が移民立国の英断を下すことになろう。

第三次安倍晋三内閣は、人口崩壊問題を解決するための50年後の国家目標として、一億総活躍社会の計画を打ち出した。この未来構想は移民国家への道の第一歩と位置づけられる。その1億人の中に1000万人の移民が勘定に入っていることは言をまたない。

ちなみに、首相のおひざもとの内閣府は2014年2月、「100年後の日本人口を1億に保つには2000万人の移民が必要」という遠大な構想を発表している。

実は、この一億総活躍社会プランは、政府が3000万人の人口減を前提とした社会をつくることを公に認めたことに大きな意味がある。そのことの持つ歴史的意義を強調しておく。

なお、3000万人の人口激減に持ちこたえる社会つくるため、移民革命と社会革命と日本革命の三位一体の革命を行う覚悟が国民に求められることは繰り返し述べたとおりである。

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