1990年代の外国人政策

坂中提案

改正前の在留資格は、1951年の入管法の制定以来、1982年に若干の手直しが行われたのみだったので、外国人の入国者数および在留形態が制定当時とは大きく変わった時代の要請に十分に対応できなくなっていた。

たとえば、日本社会の国際化が飛躍的に進み、入国する外国人が増加するとともに、その活動内容も多様化したが、在留資格に該当する活動として明示的に定められていない活動を行おうとする外国人の受け入れについては、そのつど個別に、「法務大臣が特に在留を認める者」という概括的な在留資格を付与して対応せざるを得なかった。

今後いっそう増えることが予想される専門知識・技術・技能を持つ外国人の入国について、法務大臣の自由裁量で在留資格を決定する仕組みでは、日本に入国できるかどうかが判然としないことから、外国人に不安感を抱かせるおそれがあった。

入管法の大黒柱の在留資格制度が以上のような深刻な問題状況にあったことに加え、専門職の外国人労働者の受け入れの拡大を求める世論の高まりなど外国人労働者問題への対応も迫られていた。

そこで1990年の入管法の改正により、人の国際交流の活発化に対応できる在留資格制度を確立するため、在留資格の種類と在留資格に該当する活動範囲の抜本的見直しを行うとともに、在留資格をもって在留する外国人の行うことができる活動をより明確に定めることにしたものである。

これまで「法務大臣が特に在留を認める者」の在留資格の弾力的運用で外国人の入国を認めてきた活動類型を中心に、「法律・会計業務」「医療」「研究」「教育」「人文知識・国際業務」「企業内転勤」「文化活動」などの在留資格を新たに設けたほか、「報道」「投資・経営」「技術」「留学」「興行」「技能」などの既存の在留資格についても、それぞれの在留資格に該当する活動範囲を広げ、外国人の受け入れ範囲の拡大を図った。

また、法律上の在留資格として、「日本人の配偶者」および「日本人の子として出生した者」を受け入れるための「日本人の配偶者等」の在留資格と、法務大臣が特別な理由を考慮して居住を認める外国人を受け入れるための「定住者」の在留資格を新設した。

その結果、日系ブラジル人など日本人移民の子孫が「日本人の配偶者等」あるいは「定住者」の在留資格を取得し、父母の国・祖父母の国である日本の土を踏むことができるようになった。

« »