誰も手を付けない仕事を行えば新地平が開かれる

坂中提案

法務省入国管理局時代、もとより意図したことではないが、結果的に人のやらない仕事ばかりが回ってきた。在日韓国・朝鮮人問題にはじまり、北朝鮮帰国者問題、興行入国者問題など、誰も触れようとしない難題と取り組むことになった。それが幸いした。競争相手が不在で私の独り舞台であったので、何の制約を受けずに自由自在の活躍ができた。

退職後は民間の研究団体・移民政策研究所を設立、移民国家の創建に挑んでいる。さらに2017年のいま現在、米国を始め移民先進国が人種差別と排外主義の台頭に苦悩する中、移民国家の新モデルとして人類共同体のアイディアを提案している。その雄大な構想を英語論文『Japan as a Nation for Immigrants』(移民政策研究所、2015年)で発表した。この論文が重大な岐路にある世界の移民政策の新地平を開く契機になれば望外の喜びである。

ここから本題に入る。概して移民問題に対しては「さわると危ない」という空気が支配的であった法務省など政府部内においては、「移民50年間1000万人」を柱とする革命的な移民政策の提言を積極的に受け入れる土壌はなかったと認識している。だが、そうかといって、猛烈な反対の声が政府機関の中から上がるほど、それに反論することに熱心な役人もいなかったのである。移民政策の立案をライフワークとする元法務官僚が立てた日本型移民国家構想に対して政府部内から批判の声は上がらなかった。

そうなると不思議なもので、政府全体としてあまり歓迎されない提案でも、積極的な反対の声が出ないことが明らかになれば、それがいつのまにか独り歩きして政府方針に発展することもあるのだ。そう、紙に書いた大胆な政策提言は、実現に向かって進み始めたのだ。つまり、坂中移民国家構想は明らかに坂中ひとりの見解であったにもかかわらず、声を大にして具体的な政策を提案したがためにそれが政府のなかで是認され、霞が関が移民政策の推進で動き出した。

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