移民社会への覚悟が求められる
日本が1000万人の移民で未曽有の人口危機を乗り切るという方針をとる場合には、それを実行に移す前に、日本人の抱く外国人観と現行の外国人受け入れ制度を根本的に改める必要がある。有能な外国人が進んで永住したいと希望する「移民に夢を与える日本」に生まれ変わり、多様な価値観を認める社会、日本民族と様々な民族が共生する移民社会の実現を目指す。国籍や民族的出身を問わず、すべての人の機会均等を保障し、努力した人が正当に評価され、相応の社会的地位を得ることができる「能力本位の移民社会」を目標に掲げる。
日本人と日本社会がそのように劇的に変わらなければ、世界的規模で展開される人材争奪戦において日本が名誉ある地位を占めることはできない。世界各国から高い志と能力を持つ人たちが日本に集うことは期待できない。それどころか、現状のままで移民が日本に大挙して入ってきた場合には、日本民族と他の民族との間で民族的対立を惹起するおそれすらある。
今日の日本社会を観察すると、外国人ならではの才能を引き出し活用し、国民と外国人が親しく接するというような国ではない。日本社会に貢献して高い社会的地位を得ている在日外国人は少数に過ぎない。残念ながら、日本人の外国人を見る目は厳しく、外国人に抱くイメージも良好とはいえない。 現在の日本人の異邦人に対する理解の度合いと日本社会の外国人受け入れ態勢の下で移民の大規模の受け入れが行なわれた場合には、日本社会全体が大量の異民族の存在にどこまで耐えられるか、労働市場での競合や文化摩擦などを背景として日本人と移民の衝突が起きて国民の間から移民排斥の動きが出て来るのではないかと懸念される。
最近、国会で移民政策論議が高まり、政治家が「共生社会の実現」という言葉を口にするようになった。しかし、民族は千年単位の時間をかけて歴史的に形成されたものである。異なる民族間の共生は並大抵の努力で達成できるものではないと覚悟しなければならない。特にわれわれ日本人は、日本列島の中でいわば気心の知れた者だけで社会を形成し、おおむね平和に暮らしてきた歴史が1000年以上も続き、異なる民族と親密な人間関係を結ぶための心の準備も付き合い方も十分身に着けているとはとうてい言い難い。顔かたちや皮膚の色の違う外国人や、考え方も価値観も異なる外国人と隣近所で共に生活するという姿勢も、外国人と上手に付き合うためのノウハウも欠ける面があることを認めざるを得ない。
しかし現実は以上のとおりであるとしても、仮にも21世紀の人口激減時代に生きる日本人が、移民のパワーを借りて経済的安定と社会秩序を維持する立場をとるのであれば、そのとき日本人には、自らの民族的アイデンティティを確認するとともに、アジアの諸民族、白人、黒人その他すべての民族を自分たちと対等の存在として受け入れ接遇するという覚悟が求められる。さらに言えば、自らの民族と文化を誇りに思わない国民は異なる民族と文化に寛容であるはずがないから、日本人が移民との共生関係を結ぶには、民族の自覚と誇りを持って異なる民族と相対するという心構えが欠かせない。
次に、以上に述べたような意識改革を通して育まれた国民の健全な外国人観に基づき、全面的な制度改革を行なう必要がある。その場合、家庭、学校、職場、地域社会、さらには国レベルにおいて、日本人と移民がお互いの立場を理解し合って生きる社会、思いやりの心で移民と向き合う社会を作るための国民運動を展開する必要がある。
国の移民に対する見方、処遇の基本的なあり方についても変革が迫られる。外国人を主として管理・規制の対象としてとらえる従来の発想のままでは、「多様な民族が共生する社会」への転換を図ることは不可能だからだ。移民を将来の国民と位置づけ、移民の権利を日本人とほぼ同等に認めるという基本的考えに基づき、日本人と移民の融和を進める行政を推進しなければならない。空港において日本に入国しようとする外国人に対する入国審査も重要であるが、入国を認めた外国人の日本社会への適応を進めるための生活指導、日本語教育などの定住支援に力点を置く必要がある。そして、国が移民の処遇全般について責任をもって取り組むためには、移民に関する総合的処遇政策の企画立案、移民の社会への適応を促すための諸施策の実施などを担当する国家行政機関(移民政策庁)の設置が不可欠である。
もう一つの重要課題として、いわゆる民族問題への対応が挙げられる。異なる民族が多数居住するようになると、民族や文化の違いに起因する民族問題が発生することは避けられない。今も世界のいたるところで起きている地域紛争や内乱の背景に宗教と民族の問題があることを考えると、この問題が最も厄介な問題になることは間違いない。民族間の確執、紛争を事前に防止し、さまざまな民族集団を日本国という一つの国民国家秩序の下にいかにしてまとめていくかという、非常に困難な課題を国民と政府は背負うことになる。
さて、日本列島に暮らす多様な民族集団を日本国民に統合するための基本的な考え方として、日本人の和の心が詰まった日本語教育を重視する「同化による統合」と、多文化主義に基づく「同化なき統合」が考えられる。そのどちら方法によるのか、異なる民族を日本国民として束ねるための統合原理を何に求めるのか。そもそも民族や文化の異なる人々と激しく渡り合った経験が浅い日本人が、多民族全体を一つの国民に統合できるのかなど、異なる民族が多数居住する移民社会になった場合の日本国の前途はまことに厳しいものがあるといわなければならない。
多民族国家における政府の果たすべき役割についていえば、日本人ファーストの立場からではなく、各民族から等距離のいわば「中立」の立場に立って、民族間の利害の調整を図るとともに民族間の平和友好関係の維持に努め、もって多民族の国民統合を成し遂げることが、国が果たすべき最重要の仕事の一つになるであろう。