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移民政策研究所所長で最期を迎えたい

天下の情勢は移民国家の建国の方向に針路をとった。日本型移民国家の道を切り開いた先駆者として、新しい国づくりに参加する国民を牽引する責任の重さがひしひしと胸に迫る。
その一方で、移民政策の専門家として、移民法制の整備など一人では背負いきれないミッションを完遂できるか。各方面からの批判に対して初志を貫けるか。心配の種がつきることはない。

日本の興亡がかかる大業をやり遂げなければならない責任を負っているというのに、これから何をなすべきか、どう生きるべきか、どう往生すべきかについて、自問自答する毎日である。

そもそも歴史的な仕事をする器でないことは自分が一番よくわかっている。英傑でも権力者でもない。民間の小さな研究所の所長である。移民政策学をきわめたことを誇りに思う一学徒にすぎない。

年をとって穏やかな人柄になった。往年の反骨の官僚の面影はない。政策を推進する馬力も難関を突破するパワーもない。組織を束ねる器量も人徳もない。そんな無力な身で国民の大きな期待にこたえられるのだろうか。75まで命を与えられたというのに未だ悟りの境地に達せず、以上のようなことを考えて一人で悩んでいる。

心のうちを語るのは気が引けるが、移民国家日本の産みの親としてはずかしくない人間になりたいと念願している。私の理想とする人物像は修羅の妄執を超越した達観の士である。
それは宮本武蔵のような剣の達人が晩年に達した心境である。剣を抜いて闘うことをやめ、ただそこに存在するだけで風格が漂う人だ。具体的には、①移民国家の創始者としての徳を備えた人間になること、②移民政策研究の世界的権威と認められること、③世界で通用する移民国家ジャパンの顔になること――以上のような身のほど知らずのことを考えている。

そのような人物として認められるよう修行に励み、移民政策研究所所長として最期を迎えれば、あるいは死後にその望みがかなえられるかもしれない。