移民政策分野は移民政策研究所長の独り舞台

坂中提案

私は在日朝鮮人の法的地位関係の立法を皮切りに移民政策の立案に全霊を傾けてきた。移民鎖国体制の打破と移民国家体制の確立に職業人生の大半を費やした。

1975年に『今後の出入国管理行政のあり方について』という政策論文を執筆したことで私の進路が決まった。その時から移民政策研究一途の道を歩んだ。法務省入国管理局を退職後は、移民政策研究所所長の肩書きで、日本オリジナルの移民国家理論の完成を目ざし、移民政策関係の論文を精力的に発表している。

移民政策分野の専門書は30冊余に及ぶ。私の移民政策研究の集大成といえるのが、最新作の『私家版 日本型移民国家が世界を変える』、『私家版 東京五輪の前に移民国家体制を確立したい』および『私家版 日本の移民政策の展望』である。

うしろを振り返ると、移民政策の立案者は私以外に現れなかった。青雲の志を立てた1975年の坂中論文から円熟味が加わった私家本三部作まで、移民政策の立案と移民法制の研究は私の独り舞台であった。

移民国家の議論が本格化し、新しい国づくりに多数の専門家の力を結集して取り組む必要がある今日、移民政策に精通する専門家が坂中英徳以外にいない現状は危機的状況であると言わなければならない。

なぜこういうことになったのか。移民政策の立案は長期の年期を要する仕事である。しかるに近年まで一貫して政治家・行政官・知識人は移民問題をタブー扱いにしてきた。当然の帰結として、移民政策の立案と取り組む国会議員も官僚も学者も現れない。

また、次の点も、政府はもとより国全体が移民政策について議論すること自体を忌避してきたことの当然の結果である。移民関係法制と入管法に詳しい元法務官僚が立てた移民国家構想に対し、永田町も霞が関も沈黙を守っている。移民立国の是非について国会で議論されることもない。政治家も官僚も移民政策に関する専門知識も見識もないから議論が成立しないのだ。

無為無策の政治が続く中、移民政策研究所長が移民受け入れの必要性を声高に叫び続けた結果、12年前の移民賛成ゼロから今日の移民賛成51%へ国民世論がダイナミックに動いた。同時に、千年来続いた移民鎖国の強固な壁が事実上崩壊した。

今後の移民政策の進め方について国民の意識と政治家の意識との乖離が著しい。国の大事を決めるのに際し、民意を反映しない政治は許されない。政府関係者の覚醒を促す。

日本国の将来のあり方を決める大構想について、どうして政府当局者の間で大論争が起きないのか。不思議に思っておられる方も多いと思われる。実は、前述のとおり移民政策に政治生命をかける政治家がいないのだ。もちろん反移民を公言する政治家もいない。つまり日本の政界においては、欧米諸国とは真逆で、移民問題は国論を二分するような政治の争点にはなっていないのだ。嵐の前の静けさのような無風状態が続いている。

以下は私の希望的観測である。政府首脳は天下の情勢を慎重に読み、国民の間で移民賛成の声が決定的な段階に達したと認めるときに、重い腰を上げて移民立国を決断すると思われる。結局、移民開国の是非をめぐって与野党の議員が国会で激突する場面は見られないであろう。移民政策関連法案は国会で粛々と議論され、全会一致で可決・成立の運びとなろう。

以上のような日本政界の有り様はむろん日本の政治の円熟さを示すものではない。反対に日本政治の貧困さを天下にさらすものだ。幕末から明治にかけて鎖国か開国かで激論を戦わせた日本人の心意気はどこにいってしまったのか。当代の政治家に昔の侍の真骨頂が引き継がれていなのは誠に残念というほかない。

そもそも移民開国か移民鎖国かというような国の基本方針を決める問題は政治家の専権事項であって、憲法改正問題と同じように、政治家が発議し、国会で甲論乙駁の議論を戦わせ、国会議員の多数決で決定する、まさに政治マターそのものである。

それでは、歴史の転換期を迎えた日本において、日本の歴史を動かす真の主役は誰なのだろうか?

政治家ではないことは上述したとおりである。以下のことは、日本政治が本来やるべきことをやらなかったことに原因する異様な光景と言うべきである。政治家抜きで憂国の情が厚い国民が国の大改革に向けて移民国家議論を尽くし、国民主導で移民開国を成し遂げることになると思われる。

その場合、移民政策論争で圧倒的な存在感を示した坂中英徳が移民革命を先導し、憂国の志のある国民がイニシアチブを取った歴史的快挙として日本史に記録されるであろう。政治との関係に適度な距離を置いてきた私は、政治家の代わりを務める考えは毛頭なかったが、事の成り行きで移民国家をつくる舞台で主役を演ずる立場になったということである。

僭越きわまる振る舞いという批判をあびることは承知のうえで、国家・国民のため火中の栗を拾ったということである。そのあたりのことについては、移民国家の成立後に学者の間で喧々諤々の議論を行っていただきたい。批判は甘んじて受ける。

 

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