移民政策一本の道をゆく

坂中提案

1975年に『今後の出入国管理行政のあり方について』という題のまぐれ当たりの典型のような論文を書いたことで移民政策一本の道をゆくことになった。一本の政策論文が一人の国家公務員の運命を決めた。それから40年の歳月を経て、坂中論文の究極の発展形態といえる日本型移民国家構想が、人口崩壊時代の日本の運命を決めることになった。
坂中論文から40年の努力の結晶が20冊を超える著書である。その大半が国のあり方を根本的に問う政策論文である。それらの政策論文が結実して人口崩壊の危機にある日本を再生させる坂中構想が花開いた。移民政策の立案者として冥利を味わった。
坂中論文から今日まで、わたしは何を主たる目標にして生きてきたのだろうか。とりわけ1997年から2016年までは、移民国家構想の理論体系の一部を構成する論文の創作に全力投球してきた。
その成果物が、『日本の外国人政策の構想』(2001年)、『入管戦記』(2005年)、『日本型移民国家の構想』(2009年)、『日本型移民国家への道』(2011年)、『人口崩壊と移民革命』(2012年)など、移民国家の理想像を追い求めた著作である。そして2016年の春。それらの著作を総合して日本を移民国家へ導く移民国家大綱を書き上げた。最新作の『日本型移民国家の創造』(東信堂、2016年4月)である。
これを要するに、坂中論文を大黒柱とし、それ以後に執筆した論文を支柱として、それらの論文を体系的にまとめたものが坂中移民国家論である。坂中論文が理論の根幹を成し、その他の主要論文が骨となり肉となり血となって、移民国家を支える理論体系が完成した。

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