移民国家の設計者の大役が回ってきた

坂中提案

学生時代の私は平凡な学生であり、平穏な人生を望んでいた。それで国家公務員の職を選んだ。その時、まさか禁忌との闘いに明け暮れる人生が待っているとは夢にも思わなかった。

事実、どんなハプニングが起きても不思議でないのが人生だ。晩年になって人口崩壊という日本の歴史はじまって以来の危機に見舞われた祖国を再建する「移民国家の設計者」の大役が回ってきた。

新しい国づくりが双肩にかかることになった。平成時代の日本人の誰かが引き受けなければならない役目である。

2012年10月、外国人ジャーナリストが坂中英徳を「移民革命の先導者」と世界に紹介した。元官僚の私がなぜ革命家と呼ばれる人物になったのか。

それも偶然のなせる業である。外国人行政に身を投じ、移民政策研究をライフワークとする日本人が人口崩壊の「時代」とめぐり合ったのだ。ただし、人口問題の解決と移民政策の実現とを結びつけたのは私の発案だ。

移民政策のエキスパートの道を歩んだのは、1975年に奇跡的な坂中論文を書いたからだ。それをきっかけに移民政策の勉強に励んだ結果、いつのまにか移民政策の第一人者になり、世界から「ミスターイミグレーション」と認められるまでになったということである。

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