移民国家の理想を求める人生

坂中提案

よわい重ねること73年の人間が少年のような心で白い紙に美しい絵を描いてはいけないという法はないだろう。大志をいだくのは青年の特権というわけでもあるまい。未来の世界のあるべき姿を空想するのが趣味の老人には経験智と大局的に物事を見る目がある。48年間、移民のことばかり考えてきた移民政策の達人にしか書けないユートピア物語もある。新天地を求める世界の若者に夢と希望を与える日本型移民国家ビジョンである。

2005年に国家公務員を辞するに際し、人口減少期の日本を救う百年の計を立てた。それから13年がたった今日、人口危機を日本が世界に羽ばたく好機ととらえ、移民立国をして日本民族と世界の諸民族が一つになる人類共同体論を積極的に唱えている。それは和の心が豊かな日本人ならではの発想から生まれた移民革命思想である。人類の悲願である世界共同体構想の前途は遼遠であるが、少なくとも理想を現実にするための方向性を示すところまではきたと思う。

私は国家公務員時代の最後を飾る著書:『入管戦記』(講談社、2005年)の第10章(「小さな日本」と「大きな日本」)において、「日本が世界のモデル国となる」のタイトルで次のように語っている。

〈人口減少問題はヨーロッパの一部の国ですでに経験しているところであるが、日本ほど事態が急激に進み、問題の深刻な国は世界に例を見ない。この問題を考えるに当たっては、モデルとなるような国は存在しないといわなければならない。したがって、日本が世界の先頭を切って、人口減少時代の国のあるべき姿を検討し、その未来像を示さなければならない。日本国の決める人口減少社会への対応策が、未来の世界によい先例を開くものであってほしいと願うものである。〉

いま改めてこのくだりを読み返してみて、これは役人生活を終えて新しい人生を歩むに際しての私の決意表明の文章であると思った。問題を提起した責任をとるため私は2005年8月、人口減少時代の世界のモデルとなる移民国家の創造を目標に掲げて外国人政策研究所(現在の一般社団法人移民政策研究所の前身)を設立した。そこを拠点に日本の外国人政策を根本的に見直す作業を進めた。そして2018年1月の『 日本型移民国家の世界的展開』の発刊をもって、日本が世界の移民国家のモデル国となるための日本型移民国家の基礎理論が完成した。

これまでに手をつけた仕事の始末をつける年齢に達した私は何事も運命と割り切る心境になった。日本民族が地球上から消えてゆく危機を救う大義に殉ずる決意を新たにするとともに、世界の最先端を行く移民国家構想の先途を思うことしきりである。

移民国家の道が一段と険しくなり、前途に予期せぬ難関が横たわっているかもしれない。想像を絶するプレッシャーが我が身におそいかかるだろう。移民政策に消極的な姿勢の政治の壁を乗り越えられるか。孤軍奮闘の連続で衰弱した心身が正念場の激務に耐えられるか。トランプ米大統領が唱える移民排斥の考えが世界中に蔓延するのではないか。そして人類共同体をつくる私の夢がついえるのではないか。そんな悪夢に襲われる時がある。

すると直ぐに弱気の虫を打ち消す強気の虫が出て、この期に及んであれこれ心配してもしょうがないと気力をふるい立たせる。するとまた、当代の日本人の誰かが移民国家体制を確立しなければ、「平成の日本人が日本を二流国家にした」と、50年後の日本人から糾弾されるのではないか。そんな脅迫観念にとらわれる時がある。

心の葛藤は簡単にはおさまらない。だが、わたしは生来のオプチミストである。世界の移民政策が激動の時代に入った今日、「日本のミスターイミグレーション」の名前が世界の知識人の間に広がっている坂中英徳の出番がきたと判断し、力の限りを尽くして難局を突破しようと頭を切り替える。

以下に今後の行動指針を述べる。残り少ない人生を実り豊かなものにするためである。(1)人事を尽くして天命を待つこと。(2)天は移民政策に味方すると信じること。(3)異なる民族に対する寛容の心がある日本の若者のすばらしさを内外にアピールすること。(4)脚光を浴びる時代を生きる自信はないので早く引退すること。

 

« »