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移民国家の創始者冥利に尽きる人生

これまで数多くの論文、著書を発表してきたが、もともとはアマチュアの執筆者に過ぎない。文筆の修行などはしていない。移民政策の立案の必要に迫られ、頭に浮かんだアイディアを明快に表現することを常に心がけてきた。原理原則にのっとった理論に基づき問題の本質を衝く政策提言を書くことにこだわった。44年間、移民政策論文ばかり執筆しているうちに説得力のある政策を打ち出すこつをつかんだのかもしれない。禁忌とされる問題に正面から切り込む論文のなかには、国家の基本方針の根本的変革を迫るものがある。私が「革命家」と恐れられるゆえんである。

入管時代、仕事の合間に雑文をつづり、『今後の出入国管理行政のあり方について』(1975年)、『在日韓国・朝鮮人政策論の展開』(1999年)、『日本の外国人政策の構想』(2001年)、『入管戦記』(2005年)などの論文集を発表した。

以上のように「あり方」「政策」「構想」「戦記」と銘打った国家的課題と取り組んだが、国の姿かたちを根底から変える移民国家ビジョンを立てること以上に文責の重いものはない。国の存亡に直結するから失敗は絶対許されない。的を射た問題提起と核心をつく解決策を提示しなければ国民の理解も得られない。政策提言が正しかったかどうかは歴史が決める。したがって新しい国のグランドデザインを描く設計者にはぬきんでた構想力と時代の先を見抜く眼力が要求される。さらに紙に書いた政策を必ず実行する使命感も求められる。

衆目の一致するところにより坂中英徳が余人をもって代えがたい存在と認められたということである。長年の移民政策研究の実績が評価されたのだろう。そのとき私は、移民国家への道を切り開いた先駆者として移民歓迎の方向に国民世論を導く責任を痛感した。

とくに最近は、1000年以上も日本人だけで国家・社会・経済を大過なく運営してきたという「日本神話」をくつがえすことは容易でないと思うことしきりである。これは日本人の自信と誇りを傷つける面があり、やっかいな仕事になるであろう。人生の残り時間が限られている私は、移民開国をすれば時間が解決する問題であると割り切って、この問題からは手を引くのがいいのかもしれない。

さらに言えば、私の使命は移民国家理論の完成で終わらない。世界最高レベルの移民国家の礎を築く仕事が残っている。国家百年の偉業をあますところなく達成すれば坂中移民国家構想は百点満点の成果をおさめることになるが、今の私に畢生の大業のすべてを成し遂げる力はない。それは次世代の俊英たちの手に委ねたい。じつを言うと、私は何もかもうまくゆく人生などこの世にあるはずがないと思っている。

20代の時分から、いい事ずくめの人生など人間社会には存在しないという人生観を抱いていた。天命を知る年になった今も、苦難と試練に耐え、一歩一歩前に進むのが自分の人生だと思っている。

むしろやり残したことがいっぱいある人生にひかれる。それは大きな夢を持って生きてきたことの何よりのあかしだ。公務員生活では有言実行をモットーに生きてきたが、たとえば人類の永遠の課題というべき人類共同体世界の創造は私がどうあがいても未完成交響曲で終わる運命にある。

移民革命という命がいくらあっても足りない問題に手を出した以上、論争をいどむ文章をタイムリーに発表して世論を味方につけるしかないと思った。それを長年続けているうちに論争的な政策論文を書く文章作法が身についた。時間がたっぷりある物書きは一日の時間の大半を論文の執筆に使っている。一冊の本を書き終えると、最後の著作を書き終えたと満ち足りた気持ちになる。だが、自己満足に浸っている時間は続かない。論文を書くこと以外に何もすることがない私は直ちに新しい本の執筆に取りかかる。法務省退職後の14年間、その繰り返しの日々を過ごしてきた。

しかし、年を取って頭が鈍ったと感じる。新しいアイディアが生まれなくなった。書くネタも尽きた。最近は新鮮味に欠けるマンネリズムの文章が目立つようになった。あの手この手で問題の本質に迫り、あるいは明快で精緻な理論にしようと努力してきたが、それも限界にきた。

このごろ文筆生活の終わりが近いと感じるようになった。私の本は政策論文という性格上さっぱり売れない。出版社から総スカンを食っている。あるいは出版社は移民革命家の本を出すことに躊躇する気持ちがあるのかもしれない。それで急に思い立ち、2016年から2018年にかけて移民政策研究所刊の私家本を毎月のように出版してきた。

だが、この最後の努力も終わりを迎えた。二番煎じの本しか書けなくなった坂中英徳に新しい本を書く意欲がなくなったからだ。これまでは書くべきことが次々と出てきたのでいわば義務的に文章を書いてきたが、ここにきて自分の能力の限界を悟った。

論文が書けなくなった移民政策研究所所長の先途はどうなるのだろうか。政策論文を書くことが生きることのすべてであった私は、それ以外の生き方を知らない。これから私は何を目標にして生きていけばいいのだろうか。これを機に政策目標に追い立てられる人生と縁を切るしかないのだろう。断筆を余儀なくされたのを幸いに移民政策の世界から身を引き、無私の人として余生を楽しめばいいのだろう。そうは言っても、44年の論文人生にピリオドを打つのだから寂しさがこみあげてくるにちがいない。それにどこまでも耐えて命をつなぐのが私の宿命なのだろう。

移民政策関係の論文を書き続けて移民国家の道を開拓し、新しい国の雄姿が視界に入るところまでたどり着いた。一本一本の論文に魂を打ち込んだ論文人生に思い残すことはない。

一生を論文になぞらえると、移民国家の真の姿を追い続け、起承転結のなった人生といえる。独学で移民政策学を修めた。天職の移民政策研究に打ち込み、移民国家の理想像を描き終えた。

移民国家の創始者冥利に尽きる人生と言ってもいいのかもしれない。