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百の顔を持つ坂中英徳

49年の職業人生においてじつに多くの別名をもらったことに驚く。1975年に書いた『今後の出入国管理行政のあり方について』というタイトルの論文が「坂中論文」と呼称されたことに始まり、「日本の救世主」「鬼の坂中」などの異名をつけられた。それら以外にも、2005年刊の『入管戦記』の帯は「ミスター入管」「反骨の官僚」と読者に紹介した。最近では『AERA』(2018年12月17日号)が、坂中英徳移民政策研究所所長を「現代の肖像」の一人として紹介した。

外国人ジャーナリストからも数々のニックネームをいただいた。

2009年1月の『ワシントン・ポスト』は人材育成型移民政策を唱える坂中英徳を「移民政策のエキスパート」と世界に紹介した。2014年5月、日本外国特派員協会で「日本の移民国家ビジョン」の題で講演した際、同協会幹部は冒頭の人物紹介で「坂中英徳氏は日本の『ミスターイミグレーション』として知られている」と紹介した。近年では『エコノミスト』(2016年8月20日号)が、「移民50年間1000万人を提唱する坂中英徳移民政策研究所長」と、坂中英徳の移民革命思想を世界各国の知識人に紹介した。

内外の知識人の間で上述のような人物像が定着している私は、日本国と人類社会のあり方を根底から改める革命家として生涯を終える定めなのだろう。

画期的な移民政策論文集を書き続けた実績と、政治家の圧力に屈しなかった官僚時代の武勇伝が効いて多様な形容詞がつけられたのだと思う。多彩な顔を持つ坂中イメージが形成されていることは、四面楚歌の状況が続く私が内外の世論を動かす際の強力な武器である。日本を移民国家へ導く上でも威力を発揮すると考えている。

一例を挙げる。世紀の移民国家構想は、かつての「霞が関の異端者」が立案した政策提言ということで官僚世界において重きを成し、霞が関の高官たちが支持を表明したのだと思う。また、私につけられた異名は端的に示された人物評価と言えなくもない。国家公務員時代の坂中英徳は「有言実行の役人」で通っていたようだ。いま現在は、官僚の世界において「伝説の官僚」と呼ばれている。