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歴史を動かす時がきた

およそ日本の未来を左右する国家政策の提言は、大局的・長期的な観点から、しっかり腰を据え、説得力のある理論を組み立てなければならない。それが国家・国民の裨益をはかるものであったかどうかは歴史が証明する。次世代から結果責任が問われる。そのことを知る利口な政治家や知識人は、触らぬ神にたたりなしを決め込み、移民国家の立国のような日本人の民族感情がからみ、複雑微妙でややこしい問題には決して手をつけようとしないのだ。

衆目の意見が一致したということなのだろう。ミスターイミグレーションの名前が世界にとどろく移民政策研究所長に日本の国家的危機を救う仕事が託された。

そして2018年7月現在。ここ一番の勝負に打って出るタイミングで、世界の移民国家をリードする日本型移民国家の基礎理論の完成を見た。本書『日本の移民国家ビジョン』の上梓をもって移民政策研究所所長の研究三昧の日々は終わった。満を持して、移民賛成に大きく傾く世論の追い風を受けて、これから政治の心臓部を動かす仕事に渾身の力を傾注する。

数々の政策提言は正論であったと胸を張って前に進む。いくら頭の固い政治家も道理にかなった政策提言には反対できないから移民国家の展望を開くことについては自信がある。
内外の移民政策をめぐる情勢が激動の時代に入り、いよいよ日本の歴史を動かす時がきたと判断する。移民国家ビジョンの提唱者として、新しい国づくりに参加する国民を牽引する責任の重さがひしひし胸に迫る。その一方で、移民政策の専門家として、移民法制の整備など一人では背負いきれないミッションを完遂できるか。各方面からの批判に対して初志を貫けるか。艱難辛苦に耐える気力がまだ残っているか。心配の種はつきない。

日本の生死がかかる大役を背負っているというのに、これから何をなすべきか、どう生きるべきかについて、自問自答する毎日である。

歴史的な仕事をする人間の器でないことは自分が一番よく知っている。英傑でも権力者でもない。民間のちっぽけな研究機関の長である。論文を書くのが道楽の研究者にすぎない。

年をとって穏やかな人柄になった。往年の反骨の官僚の面影はない。移民政策を推し進める権限も難関を突破する力もない。官僚時代とは打って変わって無力な一民間人が国民の期待にこたえられるのだろうか。筆一本で移民政策に消極的な政治家の心を動かすことができるのだろうか。この数年、以上のようなことを考えては一人で悩んでいる。

心のうちを語るのは気が引けるが、日本の移民国家ビジョンの産みの親としてはずかしくない人間になりたいと思う。私の理想とする人物は修羅の妄執を超越した達観の士である。

それは宮本武蔵のような剣の達人が晩年に達した心境である。剣を抜いて闘うことをやめ、ただそこにたたずむだけで風格が漂う人だ。これを要するに、移民国家の創始者にふさわしい正道を歩む人間になること、移民政策研究の世界的権威と認められること、世界で通用する移民国家日本の顔になることだと私なりに理解する。

そういう人物として認められるよう移民と真剣に向き合い、人格を磨き、そして移民政策研究所の所長で最期を迎えれば、死後にその望みがかなうかもしれない。私が晩年を過ごした「一般社団法人移民政策研究所」の業績は永遠に語り継がれるだろう。

私は1975年の坂中論文以来、自分の立てた政策目標に追い立てられる数奇な運命をたどった。高邁な理想を掲げたので、政策実現への航海は難航をきわめた。最近、16年ぶりに会った朝日新聞OBのジャーナリストから、「坂中さんは余りにも先を読んだ移民政策を立てられた。近く坂中時代が来ます。それに備えて健康に留意してください」という温かい言葉をかけられた。

命を大切にするが、生への執着心はない。無理難題を解決するため無理に無理を重ねて生きてきた。心の休まるひまがない人生を一気に走り抜けてきた。日本の移民政策のキーパーソンとしてやるべきことはすべてやった。移民鎖国の厚い壁をこじ開けるため、なみはずれた精神力が要求される政策論文の執筆に持てる力の全部を注いだ。孤高を持する闘いがエンドレスで続く中、捨て身で目標に向かって突き進むような身の処し方が限界に達する日は近いと感じる。しかし、計画性に欠ける無謀な生き方も自分が決めたことである。因果な性分であるが、この年になると自分の処世術を変えることは難しいので自然の成り行きにまかせるほかあるまい。

30の時に移民政策の立案という一生をかけるテーマを見つけた。以後、国家の基本政策に関する提言をタイムリーに打ち出したが、最近は新しいアイディアが浮かばなくなった。創造力の源泉が尽きたのだろう。頭が鈍った老人が国家・国民に迷惑をかけてはならないと肝に銘ずる。引き際を真剣に考える時がきたようだ。

移民国家ニッポンのすばらしい未来は、地球市民としての教養とセンスがある若い世代が創り出してくれるだろう。世界に羽ばたく若い人たちの前に立ちふさがるような存在になってはならないと自分に強く言い聞かせている。

移民国家への転換について道理を尽くして説明した。正論を吐き、私なりの正義を貫けば、時代が動くと信じて必死の努力を積み重ねてきた。移民政策オンリーの人生を心ゆくまで堪能したので思い残すことはない。

私の夢をひとつ言わせてもらえば、人生の最期のひとときは目標から解放されたい。ライフワークの成否にこだわらない。やり残したことへの未練もない。そんな無為の人として自然のもとに還りたい。もし許されれば、見果てぬ夢についてあれこれ空想したりしてひなたぼっこする隠居生活を味わってみたい。