東京入管の精鋭たちと共に熱く燃えた時代

坂中提案

2003年4月1日、われわれの念願だった『東京入国管理局新宿出張所』(以下、新宿出張所)が正式に発足した。

悪名高い歌舞伎町に出張所を設けることは、ひとつの大きな賭けであった。入管内部には不安を感じる向きもあった。

しかし、それは杞憂に終わった。新宿出張所に結集した入国審査官・入国警備官たちは、強い使命感を持って、大胆にも不法外国人たちの巣窟に全面攻撃をかけたのだ。

それから10年が過ぎた。日本の伏魔殿とも呼ばれた歌舞伎町は大きく変わった。あれほどわがもの顔で跳梁跋扈していた外国人マフィアたちも鳴りを潜めた。新宿で勢力を張っていた密航ブローカー組織の元締めも逮捕された。うす暗い街角でさかんに客引きをしていた外国人娼婦もいなくなった。不法滞在の韓国人や中国人を使っていたエステ店も歌舞伎町から姿を消した。

それでは、なぜ私がこの新宿・歌舞伎町に出張所を設け、外国人犯罪に毅然たる態度で臨み、外国人犯罪組織に楔を打ち込もうとしたのか。

結論から言えば、まもなく訪れる人口減少時代に生きる私たちの未来は、外国人とどのような人間関係を築くかによって決定されると考えていた。少なくとも、日本人と外国人の関係いかんによって日本の未来が左右される。

その未来は、大きくふたつに分かれる。ひとつは、日本人と外国人との間で諍いが絶えず、互いに誹謗中傷を繰り返し、互いに被害者意識を増幅させながら、双方がマイナスイメージの再生産を続けてゆく未来。

もうひとつは、日本人と外国人が互いの長所を認め、自らの短所を克服し合いながら人間性を高め合う、プラス思考の魅力あふれる社会を築く未来。

ふたつの未来のどちらに向かうかは、日本人自身が今後どのように外国人のことを考え、どのように外国人と接するかで決まる。

私は、日本が「外国人との共生社会」に向かうための前提条件として、日本人が外国人に対して過剰なアレルギーを持たない社会をつくるために、悪感情を引き起こす原因を徹底的に断つ必要があると考えたのである。その原因とは、まさに「蛇頭」に代表される、不法入国の闇に巣くう犯罪組織だ。

そのように考えた私は、新宿出張所に、来るべき「開かれた日本」を実現するための環境整備の役割を期待した。それは未来の多民族共生社会を見据えた布石であった。

10年前の東京入国管理局長時代の一端を述べた。東京入管の精鋭たちと共に熱く燃えた時代だった。

 

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