最後のミッションに不退転の決意で挑む

坂中提案

法務省入国管理局の役人時代に発表した論文の大半は政策を論じたものであった。外国人にかかる問題を発見し、具体的な解決策を提案した。加えて立法など政策の実現にもつとめた。

問題提起と政策提言は正論と認められたのだろう。私が提案した外国人政策の多くは立法措置がとられ実現した。私の入管人生は、「問題発見」と「政策提言」と「政策実現」に代表される役人冥利に尽きるものであった。

2005年3月に法務省を退職した直後、人口崩壊の危機を国家存亡にかかわる重大問題と受け止め、人口問題の根本的解決策は最大規模の移民受け入れ以外にないとのアイディアが固まった。そして同年8月、外国人政策研究所(現在の一般社団法人移民政策研究所)を設立、移民政策に関する理論的研究に着手した。

移民政策関係の主要著書が『日本型移民国家の構想』(移民政策研究所、2009年)、『日本型移民国家への道』(東信堂、2011年)、『人口崩壊と移民革命』(日本加除出版、2012年)、『新版 日本型移民国家への道』(東信堂、2014年)である。そして2015年5月、英語版移民政策論集:『Japan as a Nation for Immigrants』を発刊した。この英文図書を使って世界の人々のいだく日本イメージを「世界に開かれた移民国家」に変えたいと思う。
 
移民国家理論の完成で満足していない。ミスターイミグレーションの最後のミッションに不退転の決意で挑む。

司馬遼太郎は『竜馬がゆく』のなかで、坂本竜馬に、次のように言わせている。

〈仕事というものは、全部をやってはいけない。八分まででいい。八分までが困難の道である。あとの二分はたれでもできる。その二分は人にやらせて完成の功を譲ってしまう。それでなければ大事業というものはできない。〉

この言葉は今の私の心境を言い表している。私がライフワークとして取り組んでいる移民国家への道は八合目まできたと思う。人口崩壊の問題の重大性を指摘し、その最有力の解決策である移民国家理論の完成を見た。2014年10月に出た『新版 日本型移民国家への道』(東信堂)の発刊をもって、私の理論構築の時代は終わった。

これからは世論と政治を動かす仕事に専念する。この二分の仕事は多士済々の人々の協力を得て成し遂げたい。
 
付言すると、この10年ほど四面楚歌の状況が続いているが、そうかといって永田町、霞ヶ関から坂中移民国家構想に対する批判はない。なぜか日本政府は霞ヶ関OBの異端者が主張する移民革命思想に寛大である。

昨年秋、内閣、霞ヶ関の中枢幹部たちと個別に会って、前記2014年に出版した著書を持参のうえ、今後の移民政策のすすめ方について話し合った。官僚の世界で移民問題はもはやタブーでなくなったと実感した。私の信頼する官僚たちは、「坂中さんの移民国家構想に賛成。組織を動かす」と語った。官僚機構から組織として移民賛成の声はまだ上がっていないが、憂国の心のある官僚たちの間で坂中構想を支持する声が高まっていると感じた。

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