日系ブラジル人に簡易に「永住者」の資格を

坂中提案

2000年4月、私が名古屋入国管理局長として着任して間もなく、局内の様子を見ていて最初に驚いたことは、審査窓口がいつも異常なほど混雑していることだった。

いったいなぜこんなに混んでいるのかと見てみると、その原因は滞在期間の延長の手続きにくる日系ブラジル人でごった返しているからであると分かった。来訪者のなかに小学生くらいの子供がたくさんいるのにも驚いた。子供たちは学校に行かず、親と一緒に入管にきているのだ。日本語が不自由な親に代わって通訳する子もいた。

当時、名古屋・東海地方は全国の日系ブラジル人の52%が集中する地域であった。これだけの人数が頻繁に足を運ぶのであるから、窓口が大混雑するのは当然であった。

私は、それを見てすぐに解決策が浮かんだ。

誰よりも日本人とのつながりが深い日系人にふさわしい法的地位、それは「永住者」の地位である。しかも、日系人の場合、ほかの外国人とは異なり、煩雑な手続きを取らなくても、入管法第22条の規定によって簡易に「永住者」の地位を取得できることになっているのだ。だが、彼らの大半がそんな法律があることまでは知らないだろう。一度「永住者」の資格を取ってしまえば、日系人はもう滞在期間の延長のため入国管理局にこなくてもよい。

それに、日系人の法的地位が「永住者」の資格になれば、銀行から住宅ローンが受けられるなど、日本社会での信用が高まるというメリットもある。

私はそのことに気づくとすぐに、日系人に永住の申請を促すため広報活動を始めた。

名古屋市に駐在するブラジル総領事に話をし、日系人の場合には簡単に「永住者」という安定した資格を得ることができることを、総領事館を通じて宣伝してもらうことにした。そのために、こちらでポルトガル語の広報パンフレットを用意した。

この呼びかけによって、非常に多くの日系ブラジル人が「永住者」の資格を獲得した。このことは、数字からもはっきり見て取れる。

私が赴任する前年の1999年には、名古屋入国管理局管内の永住許可の数は313人だった。それが2000年には1388人に急増し、その翌年はいっきに7180人と前年の6倍にまで増えた。その後もしばらく、永住許可は毎年7000人を超える数で推移した。

名古屋入国管理局長時代の私は、約3500人の日系ブラジル人が暮らす保見団地(愛知県豊田市)をしばしば訪れ、彼らが子供の教育問題など様々な問題を抱えていることを知った。彼らのために私自身にできることは限られていたが、「祖国」に帰ってきた日系ブラジル人の人たちが日本社会での地位向上を図るうえで不可欠の法的地位の安定に努力した。

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