日本型移民政策論の形成過程

坂中提案

 2007年に入ると、日本型移民政策の立案に向けて小文を次々と発表した。50年後の日本人口が9000万人を下回るという政府の将来人口推計に危機感をいだき、全国紙などで具体的な移民政策論を展開した。この年に人材育成型移民政策論の基礎が固まったと考えている。

 (1)2007年1月28日の毎日新聞の『発言席』において「『トヨタ職業訓練学校』創設を」の見出しで、定住ブラジル人の子供を教育訓練し、熟練技能者に育て上げ、日本社会の一員で受け入れる「人材育成型外国人受け入れプログラム」を提示した。

 (2)2月9日の朝日新聞の『三者三論』において「『移民国家』ニッポン?『人材育成型』の政策を採れ」の表題の談話を寄せた。その中で「今後50年で人口が仮に4000万人減るとしよう。その間に1000万人の移民を受け入れ、人口1億人の社会へ移行することなら、努力して、やれないことはない」と大胆なことを言った。これをもって移民1000万人構想の嚆矢とする。

 (3)3月14日の読売新聞の『論点』において、人口増加時代に作られて問題のかたまりの外国人技能実習制度に代えて、「定住促進」と「国内人材確保」を車の両輪とする「外国人職業訓練制度」の創設を提言した。この小論は各方面に影響が及び、以後外国人技能実習制度批判が高まる。

 (4)7月3日の日本経済新聞の特集『岐路に立つ外国人研修制度(下)』に「労働移民の受け入れを」の見出しのインタビュー記事が載った。その中で「外国人労働力を研修生ではなく移民としてきちんと受け入れるべきだ」と述べたうえで、特に人材不足が著しい農林漁業分野への「移民」の受け入れを提案した。

 (5)10月、文藝春秋編『日本の論点』(2008年版)に寄稿し、「まやかしの外国人政策は限界。移民1000万人が人口減の日本を救う」のタイトルで、外国人技能実習制度を批判のうえ、それに代わる教育重視の日本型移民国家構想を表明した。同時に、「人口が激減する社会の到来は日本人が危機感を持って外国人との共生を考え、新しい日本を創造する千載一遇の機会」との新たな視点を示した。

« »