日本の若者と留学生の交友関係の深化を望む

坂中提案

今日、18万人を数える留学生が生活する時代になった。しかし、大学で教鞭をとる友人たちは、大学のキャンパスで日本人学生と留学生が親しく語り合う光景はあまり見られないという。日本人は日本人、留学生は留学生のグループで固まる傾向が強いようである。

大学の中で留学生と日本人学生の交友関係が発展しないのは、日本社会において在日外国人と日本人の交流が進んでいないことの反映ではないか。

1960年代後半の私の学生時代を思い出すと、留学生の数は今より格段に少なかったが、アジアから来た留学生と酒を酌み交わしながら議論し、一緒に旅行するなどして、密度の濃い国際交流があった。魯迅、周恩来が留学した戦前を含め、昔の日本人には今よりも留学生に対する思いやりの心があり、在日外国人と心の通う人間関係を築いていたように思う。

今日の日本社会は、外国人だから特に冷淡にしているというわけでもなさそうだ。問題はもっと根が深く、およそ周囲の人たちに対して無関心を決め込む日本人が多くなったということではないか。なぜ日本人の人間関係が冷めたものになったのか。理由は多々あると思うが、私にはわからない。

ただ、他者を思いやる心が希薄になった日本人の精神面を正さなければ、移民の受け入れが順調に運ばないことだけは確かである。すべては、マイノリティーの立場に配慮する日本人、文化の異なる移民と付き合うことに喜びを見出す日本人がどれだけ増えるかにかかっている。

人口ピラミッドがひっくり返る未来は、現在の10代・20代が存命中に不可抗力的に訪れる。革命的な移民政策をとらない場合の2060年の日本は、年少人口(14歳以下)が1人に対して老年人口(65歳以上)が4・4人という超少子・超高齢社会に突入する。

人間の社会でそんな異常な社会が存続することは不可能であるから、50年を待たずして日本社会は事実上崩壊してしまうだろう。こういう人類が未知の領域の社会を何と呼べばいいのだろうか。やはり「人口崩壊社会」というしかないのだろう。

移民革命で人口崩壊を乗り越える道筋をつけ、若い世代が移民と良好な関係を構築できるかによって若者の未来が決定される。それによって日本民族の運命も決まる。

日本の未来を担う若者が移民と手を組んで人類未踏の「多民族共同体」の創建に挑んでほしい。これ以上に日本の若者のチャレンジ精神をかり立てるものはない。のみならずこれは若い世代にとってもメリットがある。精神的にも経済的にも得るところが大きい世紀の大事業である。

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