新生日本の象徴的存在になりたい

坂中提案

平成の日本は、国家の急を救う革命家を必要としている。だが、百年先を見通し、世界的なスケールで日本の未来構想を立てる人物がいないのだ。

しかし、当代の日本人のなかに革命家がいないとあきらめるのは早い。日本オリジナルの移民国家の樹立に命をかける日本人がいる。世界が日本の救世主と認めた希代の革命家が、日本革命の必要性と緊急性を国民に訴えている。

さて、2014年2月13日の安倍晋三首相の国会答弁(移民の受け入れに関する国民的議論の必要性を強調)をもって、坂中英徳が提案する「移民50年間1000万人」のアイディアが危険思想視される時代は終わった。その何よりのあかしがある。内閣府は同年2月24日、「100年後の日本が1億の人口を保つには2000万人の移民が必要」という日本百年の計を発表した。

天下の情勢は移民国家へ向かってスタートを切った。移民国家構想を立てた先駆者として、移民賛成の方向に国民世論を牽引する責任を痛感する。その一方で、移民革命の指導者として、ひとりでは背負いきれないほどのミッションを完遂できるか、各方面からの批判に耐えて所信を貫けるかなど心配の種はつきない。

ミスターイミグレーションが脚光を浴びる時代に入り、今後どう生きるべきか、何をなすべきかについて自問自答する毎日である。

そもそも歴史的な仕事をする人間の器でないことは百も承知だ。英傑でも権力者でもない。移民政策学をきわめたことが取り柄の元国家公務員にすぎない。今は民間のシンクタンク「移民政策研究所」の所長として移民国家日本の将来のあり方について思索にふけっている。研究成果を移民政策研究所のホームページに投稿し、それを一冊の本にするのが何よりも楽しみの書斎の人である。年をとって穏やかな人柄になった。かつての反骨の官僚の面影はない。

心のうちを語るのは気が引けるが、移民国家の産みの親としてはずかしくない人間になりたい。私の理想とする人物像は修羅の妄執を超越した達観の士である。

それは宮本武蔵のような剣の達人が晩年に達した心境である。剣を抜いて闘うことをやめ、ただそこにいるだけで古武士の風格がある人だ。要するにそれは、移民国家日本の創始者にふさわしい人物になること、新生日本の象徴的存在になることだと理解する。そのような人として最期を迎えることができれば本望である。

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