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新元号の年を移民社会で迎えよう

以下は、『三田評論』(2019年7月号)に掲載された「新元号の年を移民社会で迎えよう」の全文である。

「移民政策」を語ろう

日本では長きにわたり「移民政策」という言葉がタブー視されてきたが、現在、その局面が大きく動きつつある。入管法改正をめぐり、安倍晋三首相が「移民政策はとらない」と繰り返し強調したことによって、かえってこのキーワードが国民に広く認知された。一部メディアも恐る恐る「移民政策」という言葉を使い始めた。

移民政策研究所の所長として、また日本の移民政策研究のパイオニアとして、私は「移民政策」という言葉が市民権を得たことを心から喜んでいる。

もっとも、公式見解から判断する限り、日本の最高権力者たちは、いまだ移民鎖国に固執している。国民が社会の消滅と人材不足に強い危機感を募らせるなか、世論と時勢を読めない政治が断末魔を迎える日は近いだろう。

外国人の受け入れの歴史が長い欧米諸国では、最初は人身売買による奴隷労働者として外国人を入れた。しかし、現代世界において最善の外国人受け入れ法とされているのは、じつは「移民政策」なのである。欧米の移民政策研究者の間では、移住者の立場からの「エミグラント」と、入国管理の立場からの「イミグラント」の言葉がもっぱら用いられている。「奴隷労働者」はもとより、日本でしばしば使われる「外国人労働者」という言葉も禁句になった。

外国人を「労働力」としてしか考えない国に、有為の外国人は来ない。外国人を低賃金労働者と見下す国民は、異なる民族との共生関係を築けない。これは移民政策の専門家の共通認識である。

1200年間ほど続いた移民鎖国の時代は終わった。安倍晋三首相が国会で「外国人との共生社会の実現」を語る時代が来た。そして2018年12月20日の記者会見で、明仁天皇(現上皇)は、「各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています」と、移民社会の未来に言及された。新元号の年を迎え、国民が一丸となって世界の模範となる移民社会を創る時代の幕が開いた。

日本型移民社会とは

私が提唱する「日本型移民社会」とは、欧米の移民国家が移民の社会統合に苦悩している状況に学び、日本的な「和」を重視しながら、社会的包摂を政策的にしっかりと保障していく社会である。まず、日本語や社会的慣習についての教育から始まり、専門知識や技術の習得など職業訓練を経て、それぞれの分野で活躍してもらう。そして、安定した生活ができるようになった三~五年後の段階で永住を許可し、希望すれば国籍を取得できるようにする。

農業・林業・漁業などの第一次産業分野は後継者難から就労人口が激減している。建設業や製造業、流通分野も人手不足が深刻だ。大企業を支える中小零細企業が後継者難で潰れていく。トヨタ自動車など世界企業も、技術者の確保が難しくなって悲鳴を上げている。こうした産業分野こそ移民政策で支えるしかない。

移民政策をとることによって、コミュニティの崩壊危機から脱する地域が出てくるであろう。近年、全国各地で記録的な地震や台風などの自然災害が発生しているが、高齢者が多数を占める地域に犠牲者が集中している。若者がいなくなった地域社会は、災害に持ちこたえる体力を失っている。若い移民を農業や漁業の在留資格で受け入れ、速やかに永住を許可し、社会の一員として迎えるしか、第一次産業の生き残る道はない。

大量移民時代には、小中学校に通う移民の子どもが飛躍的に増える。その場合、小中学生向けの多民族共生教育が重要になる。幼児教育および初等中等教育のあり方を根本から見直す必要がある。画一的教育を改め、子どもの個性と多様性を重んじることが、移民社会の安定的な発展のために不可欠である。

また、多数派の日本人は、少数派の移民の文化を尊重する。日本が受け入れた移民が、その民族的特性を持ち続ける社会を目指す。そうしないと、せっかく移民を入れても多彩な人材が活躍する社会は創れないからだ。

日本の伝統文化の精髄を教える文化教育と多民族共生教育は、一体として行われるべきものだ。文化的アイデンティティを失った根なし草のようなコミュニティではなく、「日本人の心」と「地球市民の心」を兼ね備えた市民から成る「共生社会」を創ることが肝要である。

そうした心の広い日本人が多数派を形成する社会こそ、私が考える理想の移民社会である。移民と共に学んで地球市民に成長する日本の子どもたちに、「人類共同体社会」を創る夢を託す。

移民開国を決断する時が来た

私は現代世界を比較文明論的立場から俯瞰し、普遍性に陰りが見られる西洋文明の終焉が近づき、これから世界は地殻変動の時代に入ると認識する。そして、西洋とは異質の精神文化と世界観がある日本文明が新世界文明の創造において重責を担うべきだと、私はかねがね主張している。

現在、西欧社会で人種差別・宗教差別・移民排斥の考えが急速に広まりつつある。ヒトラーによるユダヤ人大量虐殺に代表されるエスノセントリズム(自分たちの人種と宗教が一番優れているという考え)が社会を支配する時代へ、世界史を逆行させてはならない。これは、日本にとっても決して他人事ではない。

2016年11月、私は米国の建国精神を覆すトランプ氏の移民政策に強い危機感を持つ『ワシントン・ポスト』紙と『ニューヨーク・タイムズ』紙の取材を受けた。両紙の記者は、人類共同体思想が根本にある日本型移民政策の持つ世界的意義を直ちに理解した。

なぜなら、多神教で寛容の心が豊かな日本人は、人類同胞意識を持つ国民に大化けし、今世紀末までに人類共同体社会を打ち立てる可能性がある。一方、宗教と人種における優越的感情が本性としてある西洋人が人類共同体社会を創るのは至難の業である。その前提として西洋人の心に染みこんだ排他的な民族性を拭い去る必要があるからだ。

しかし現実には、移民鎖国のイデオロギーを墨守し、惰眠をむさぼる日本こそが、よほど無責任で問題であると言わなければならない。移民問題で苦闘する先進国のなかでひとり日本が移民鎖国の温室でぬくぬく生きる時代は終わった。もはや一刻の猶予も許されない。

政府は早急に移民開国を決断すべきだ。国民は「社会の一員として移民を温かく迎える社会」をつくる覚悟を決めるべきだ。

人口減少により大量の移民を必要とする日本が、50年間で1000万人の移民(難民を含む)を温かく受け入れると、世界の人々と約束すべきだ。移民・難民が人道危機の直撃を受けるなか、日本政府が「人種や宗教の違い乗り越えて人類が一つになる移民社会の理念」を掲げれば、世界中が「人道移民大国」の登場に歓呼の声を上げるに違いない。

大きな夢を描けば、大きな花が咲く

私が学生だった1960年代から70年代にかけては学生運動が盛んな時代であった。しかし、ノンポリで安定した生活を望む普通の若者だった私は、国家公務員の仕事を選んだ。しかし、何が起きても不思議ではないのが人生だ。誰も手を触れようとしなかった民族差別問題と格闘する生活が待っていた。外国人の入国管理を所掌する法務省入国管理局に就職した私の行政対象は、「在日朝鮮人」と「難民」そして「移民」であった。日本社会のマイノリティの人たちが当面する問題を担当することになった。
 
在日朝鮮人を筆頭に民族的少数者の処遇改善を主題とする論文を精力的に書いた。行政官時代の晩年は、未踏の世界に足を踏み入れ、世界のモデルとなる移民国家理論の創作に打ち込んだ。移民政策の理論的研究で業績をコツコツ積み上げたことが、さらなる飛躍につながった。

国家公務員生活を終えた2005年には、人口ピラミッドの崩壊という国家的危機に直面する日本を革命的な移民政策で救う仕事に出会った。移民政策一本の道を歩んだ私にとってそれはまさしく天職であった。高い志を立て、ボランティア活動として真心を込めてこれと取り組んだ。組織のしがらみとは無縁の生き方を貫き、独立自尊の精神で自由自在の活躍をした。

現在、私は大役を無事に果たして安心立命の境地にある。1975年の初論文から2019年の移民政策論の集大成まで44年間、愚直に論文を書き続けたことが、世界の識者に「ミスターイミグレーション」と認められる今日の私を創ったのだと思う。家族から「できもしない夢ばかり追いかけている」と言われたが、私は「大きな夢を描けば、大きな花が咲く」を座右の銘とする生き方を通した。後世の歴史家は「日本一の空想家」と記述するかもしれない。