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政治家の立場と革命家の立場

政治家の立場と革命家の立場が相いれないことは、古今東西を問わず、広く認められるのではないか。それでは、日本の移民革命を提唱する坂中英徳と、日本の国政にあずかる政府首脳とは、いったいどのような関係にあるのだろうか。

2014年12月、畏友の英国人ジャーナリストから、「革命的な移民国家の構想を提言している坂中さんに官邸から圧力がかからないのですか」と聞かれた。私は「四面楚歌の状況にあることに変わりはないが、官邸から坂中構想に対する批判も圧力も一切ない」と答えた。

事実、内閣総理大臣官邸は、急進的な移民政策を唱える革命家を敬して遠ざけるというか、政治家のやるべき仕事を民間人にやらせて世論の動向を探るというか、国家公務員時代の実績に配慮したというか、その真意のほどは知らないが、政治の本丸に首を突っ込んだ坂中英徳を自由放任でほうっておいた。私は移民政策から距離を置く政治の虚に乗じ、公明正大に移民政策論を展開した。それが幸いした。世界の知識人と国民が注視するなか、世界の最高水準を行く移民国家ビジョンを国家・国民に提示するところまで来た。

移民政策の立案は私の独壇場に終始し、移民社会のあるべき姿を思い通りに描いた。この14年間、私は毎年のように移民国家理論の最新の知見を盛り込んだ書物をあらわした。

そして新刊を出すたびに政府首脳に献本した。日本型移民国家思想は年を追って理論体系が整って説得力を増したと思うが、官邸は坂中移民政策論の発展と世論の動向を注意深く見守っていたに違いないと確信している。それを裏付けるものがある。

2015年6月政府中枢から招かれ、政治家を含む内閣官房の主要幹部を相手に「日本型移民国家への道」のタイトルで講演した。20名のエリート官僚たちが私の話に聞き入った。日本型移民国家構想に対して「グッドアイディア」という答えが返ってきた。講演が終わったとき若手官僚たちの間から拍手が起きた。帰り際に私は、「君たちが新しい日本をつくるのだ」と激励した。

政府高官に移民政策を語ることの重要性に鑑み、練り上げたスピーチ原稿を用意し、講演に臨んだ。席上配布された「日本型移民国家への道」と題する一文は、政界、官界に多大の影響が及んだと後で聞いた。

ちなみに、私を講演に呼んでくれた政治家から、質問タイムの冒頭、「坂中さんの移民政策について国民はどう見ていますか」と聞かれた。私は「本年4月の朝日新聞の世論調査で移民賛成派が移民反対派を大きく上回ったこと、移民政策研究所のホームページの坂中オピニオンへのアクセス数が急増していることなど最近の状況から判断すると、若い世代を中心に移民受け入れに賛成の国民が増加傾向にあると認識している」と答えた。

そのとき、革命家と内閣首脳とはいわば阿吽の関係で結ばれていると思った。革命家と官邸とでは、移民政策をとるか否かでは見解を異にするが、国を開いて人口危機の日本を救うという国家目標と、50年後の日本人口の目標を1億人とする点では一致する。  
そのような認識が正しいとすれば、政府首脳の黙認の下で大きな夢を追いかけ、日本国の永遠の安泰を願う坂中英徳は、世に言う革命家ではなく、国の安寧秩序の維持を唱える「保守的革命家」と言ってもいいのかもしれない。

2018年10月、長年の努力が報われるビッグニュースに接した。内閣官房が、私の古巣の法務省入国管理局を法務省の外局の「出入国在留管理庁」に昇格させることなどを決定した。出入国在留管理庁が担う業務も外国人との共生社会をつくることなど大幅に拡大された。後輩たちが意気に感じて新しい任務を全うすることを願う。入管OBの一人として陰ながら応援する。

これは将来の「移民省」構想への布石と私は理解した。あるいは、政府首脳は今後、坂中移民国家構想を順次取り入れていくと理解してもいいのかもしれない。何はともあれ政府が移民立国に向かって歴史的な第一歩を踏み出したことは間違いない。

以下は革命家の独り言である。解散権は内閣総理大臣の専権事項であるから聞き流してもらって結構である。ただし、移民政策一本の道を歩んだ坂中英徳の歴史的証言として記録に残す。これは、この14年間、移民政策に関する国民的議論の必要性を訴えてきた私の執念の発露である。

〈明治の開国を凌駕する令和の開国を行なう以上、その賛否について国民の信を問うのが筋だ。日本の未来を切り開く国の大改革を行なう場合に、民主主義の手続きを踏まないで政府の独断でなし崩し的に移民国家へ転換すれば、各方面からその正当性が厳しく問われる。そればかりか、国の将来に禍根を残す。その反対に、公明正大に国民的議論を尽くし、国民が移民社会と真剣に向き合う覚悟を決めて、国民の総意に基づき出立する移民社会は光り輝くものになるだろう。〉