政治家の勇断で有終の美を飾ってほしい

坂中提案

移民国家議論が活発化しているのにもかかわらず、政治家は移民受け入れ問題を政治の争点にすることに抵抗している。アベノミクスの是非と地方創生は政治の主要な争点になっている。しかし、それらの問題の根本原因である人口崩壊問題と、その最有力の解決策である移民政策については政治の争点にすらなっていない。

与野党を問わず政治家は、日本が直面する最大の政治課題=移民問題について議論することを避けている。政治マターの最たる移民立国の問題に政治生命をかける政治家は一人もいない。これまで国家百年の計に一家言のある政治家に会ったことがない。日本の政治家はなぜそれほどまでに移民問題を忌避するのだろうか。

私が移民政策に理解のある政治家と議論した経験からいえることは、政治家は国粋主義団体による街宣活動を極度に恐れているということである。移民受け入れ問題のような危険なことにはかかわらないという暗黙の了解が政界で成立しているのではないかと疑いたくなる。

ところが、何が幸いするかわからないことが起きるのだ。国家の一大事に手をこまねいている無責任政治の極みが、予想だにしない好結果をもたらした。移民の受け入れでリーダーシップを発揮する勇気がない政治家に代わって、移民革命を提唱する坂中英徳が政治マターに首を突っ込み、40年の移民政策研究の成果に基づき日本型移民国家論の金字塔をうち建てた。『新版 日本型移民国家への道』(東信堂、2014年)の発刊である。そのとき奇跡が起きた。日本型移民国家の提言が日の目を見ることになった。

私の思いを吐露すれば、それは孤高を持する生き方を貫いた結果であると思っている。それにしても、日本滅亡の危機を救いたいというやむにやまれぬ気持ちから出たこととはいえ、政治家が不在のまま、坂中英徳の個人的意見をもって事を運んだのは事実である。独断専行のそしりは免れない。

私はこの10年間、日本の運命を決める国家の大計に一民間人が主導的役割をはたしていいものか、政治の覚醒を待つべきではないのかと、政治との関係でずいぶん悩んだ。結局、苦渋の決断であったが、国家の命運がかかる移民問題をタブー視する政治家の態度に業を煮やし、思い切って政治の領分に乗り出した。

だが、これがけがの功名というものなのだろう。結果的に移民政策は政争の具にならずにすんだ。移民国家のグランドデザインを短期間でえがくことができた。移民革命は上からの革命ではなく、国民の総意で決める民主的革命になった。
 
オールジャパンで国家危機を乗り切る大局的見地に立って考えると、結果オーライということなのかもしれない。しかし、手続き面を重視する立場からすると、在野の人間の分際で出すぎたまねをして内心忸怩たるものがある。坂中英徳の越権行為に対する歴史的評価は後世の歴史家の判断にゆだねる。

移民国家への道が山場にさしかり、政治とどう向き合うかについては、草莽の士の立場を踏まえて事にあたる必要がある。政治の本質は決断と実行であるが、自由人である私はもっぱら言論で勝負する。日本の移民政策をリードするオピニオンリーダーの責任をまっとうする。在野精神で移民国家議論の先頭に立ち、主権者である国民の理解を得るために最大限の努力をする。

日本は現在、歴史の岐路に立っている。私は移民政策立案の先駆者としての責任をはたした。その結果、最近の読売新聞の世論調査で20代の若者の50%が移民に賛成であることが判明した。移民政策に関し全国規模で世論調査を実施するなど『読売』と『朝日』が移民問題で第一歩を踏み出した。NHKも移民政策の世論喚起に乗り出す構えだ。

移民革命を先導する革命家の努力で移民政策が新しい局面に入ったことを受けて、日本政治の存在感を内外に示すため政治家の勇断で有終の美を飾ってほしい。

« »