批判の集中砲火に見舞われるのは正論を吐いた人間の宿命

坂中提案

法務省入国管理局に勤務していた時代、誰も触れようとしない問題、たとえば在日韓国・朝鮮人の処遇問題(1975年)、フィリピン人興行入国者の人身売買問題(1995年)、北朝鮮残留日本人妻の帰国問題(2002年)など、出入国管理行政上の難題と取り組んだ。

いつも私の問題提起から始まった。しかし、脅しと批判の集中砲火に見舞われ、国民の理解が得られず、解決まで長い期間を要した。

2005年に国家公務員生活を終えた後は、一般社団法人移民政策研究所の所長として移民国家の創建に挑戦している。移民鎖国という最強のタブーとの闘いである。

2008年6月、私が原案づくりにかかわり、自民党外国人材交流推進議員連盟がまとめた「日本型移民政策の提言」が発表されると、反外国人団体、鎖国派、国粋主義者らによる「売国奴」「反日」という坂中批判の大合唱がはじまった。同年7月には、国粋主義団体の街宣車が、私が主催するシンポジウム会場に移民反対を唱えてやってきた。それから9年を経った今も鎮まる様子はない。

2014年に入り、移民50年間1000万人構想が国民的課題にのぼり、排外主義者・国粋主義者・ヘイトスピーチグループなどによる坂中打倒の動きが目立つようになった。移民革命の先導者のレッテルが貼られている以上、攻撃の的になるのを覚悟している。

何回も修羅場をくぐって多くのことを学んだ。脅迫・非難・罵倒が集中するのは正論を吐いた人間の宿命と冷静に受け止める。私への集中攻撃が激しさを増せば増すほど、自分は正しいことをしているのだと自らに言い聞かせ信念を貫く。

四面楚歌の状況が続く中、批判を一身で受け止めた人生に悔いはない。ひとりでタブーの打破に挑戦した生涯を誇りとする。

« »