平成の革命家

坂中提案

私は国家公務員生活の最後の年(2005年)、日本文化の担い手が消えてゆく日本開びゃく以来の危機に立ち向かうにあたって、中途半端な改革をいくらやっても日本民族の永続の可能性は薄いと判断した。そのとき、前例のない国難には前例のない革命で応じなければならないとひらめいた。同時に、移民革命の先達として、「千年に一度の人口危機には千年に一度の移民革命で対処しなければならない」と心に誓った。

そして、千年に一度の移民革命のアイディアを、35年のドラマチックな役人生活をつづった『入管戦記』(講談社、2005年3月)の第9章に「2050年のユートピア」の表題で発表した。日本が大きく舵を切って、2000万人の移民を受け入れ、多民族共生社会の理想に向かって一路邁進したという前提で、2050年の日本の未来像を描いた。しかし、当時、『入管戦記』の一節で述べた画期的な移民国家論に注目した日本の知識人は一人もいなかった。

移民1000万人構想の現実みが増した2016年のいま告白すれば、50年間で2000万人の移民を入れる移民国家構想について「ユートピア物語」と注意深く予防線を張っているが、もちろん真の意図はそうではない。2005年の時点で人口激減による国家制度の崩壊危機を予測し、日本の生き残りをかけて、現実に即した移民革命思想を打ち出したものであった。

その時から現在まで、執筆活動、講演活動などを通して移民革命のオピニオンリーダーの役をつとめている。国内の一握りの反移民分子から売国奴呼ばわりされているが、世界の知識人の中には「救世主」と評価するむきもある。自分では憂国の思いが強い熱血漢だと思っている。
 

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