天運と天職にめぐまれた人生

坂中提案

数年前、私の移民政策を評価する在日アメリカ人から、「坂中さんのような人物が日本に存在するのは不思議。どのような人間なのかに関心がある」と言われた。そんなことをいわれても困る。私が答を出せるはずがない。ただ、「日本に存在するのは不思議」とまで言われると少し気になる。私は人生において「天職」も「運命」も「奇跡」も存在すると信じるたちである。

以下に、坂中による自己分析を試みる。いや、そんなおおげさなものではない。下手な自画像を描く。坂中理解の一助になれば幸いである。

今、私の人生において1975年の坂中論文以来42年ぶりにゆったりした気分にひたっている。若いときに神の仕業のような「論文」を書いた重荷を下ろし、ようやく心やすらかな心境になった。これからは自由気ままに生きる。

どうしてこういう気持ちになったのか。何も欲するものはない。何も恐れるものはない。何も心配するものはない。全くの自由人になった。身を捨てる覚悟を決めた。自分の責任を果たした。移民国家の礎を築いた。そんなふうに思うようになり、心が落ち着いたのだろう。

自分の実力以上の仕事を成し遂げることができたが、それは天の助けがあったからできたことだと思っている。なぜか苦境に立ったときにはいつも天が救ってくれた。奇跡だとしかいいようのないことが起きた。

運と奇跡に頼る職業人生がまっとうなものではないことは承知している。綱渡りのような危ないことの連続の役人生活を過ごした。無事退職できたが、これこそまさに奇跡であった。

やりたいことを思う存分やらしてもらった。私のすることを天が見ているのでまちがったことはできないと肝に銘じ、決断し行動してきた。おかげで有言実行の生き方を貫くことができた。正論をはき、自分の信条を守ることができた。

泥沼に足を突っ込み、もがき苦闘する、あまりにしんどいことばかりだったが、密度の濃い職業生活を送ることができた。時には波乱を巻き起こし、時には万丈の気をはいた。悪戦苦闘の連続の中で奇跡と遭遇する体験もした。

学生時代は平穏な人生を望んでいた。国家公務員になってこんな艱難辛苦の人生が待っているとは夢にも思わなかった。人生は不思議なものだ。どんな人生が待ち受けているかは神のぞ知るである。晩年になって人口崩壊の危機に見舞われた日本を救う「移民革命の先導者」の役が回ってきた。

私は幸運の星の下に生まれたのだろう。けたはずれの強運の持ち主なのかもしれない。平成の世に生きる日本人の中で最もやりがいのある仕事にめぐりあった。天職として謹んで承る。天から授かった職を全うする。

理性的に考えると、日々の努力と決断の積み重ねで今の自分があるということなのだろう。すべて自分の責任である。自分が決めた移民国家への道である。しかし、そこにもなにほどかの天運が働いたにちがいないと信じている。

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