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天下御免の移民革命家

2014年末、畏友の英国人ジャーナリストから、「革命的な移民国家構想を提言している坂中さんに官邸から圧力がかからないのですか」と聞かれた。私は「四面楚歌の状況にあることに変わりはないが、永田町から坂中構想に対する批判、圧力は一切ない」と答えた。

事実、政府中枢は、移民革命を唱える革命家を敬して遠ざけるというか、政治家のやるべき仕事を民間人にやらせて世論の動向を見るというか、役人時代の実績に配慮したというか、その真意のほどは知らないが、政治の領分に乗り出した坂中英徳を自由放任でほうっておいた。私は移民政策から距離を置く政治の虚に乗じ、天衣無縫に移民革命論を展開した。移民政策の立案は私の独壇場に終始し、移民国家のあるべき姿を思いのまま描くことができた。この14年間、毎年のように移民政策の新機軸を打ち出した書物をあらわした。

私は新刊を出すたびに政府首脳に献本した。日本型移民国家論は年を追って理論体系が整って説得力を増したと思うが、官邸は坂中移民国家論の進展と国民世論の動向を注意深く見守っていたのかもしれないと最近ふと思った。それを裏付けるものがある。

2015年6月政府中枢から招かれて、政治家を含む内閣官房の主要幹部らを相手に「日本型移民国家への道」の題で講演した。20名のエリート官僚らが私の話に耳を傾けた。坂中構想に対して「グッドアイディア」という答えが返ってきた。講演が終わったときに若手官僚の間から拍手が起きた。

そのとき、移民革命家と官邸はいわば阿吽の呼吸で結ばれていると思った。革命家と政治家の間にはなんとも不思議な関係が成立していると感じた。両者は持ちつ持たれつの間柄にあると言えるのかもしれない。

以上のような見方が正しいとすれば、天下御免で大きな夢を追いかけ、日本の若者たちに夢と希望を与える移民国家理論の金字塔をうちたてた坂中英徳は「日本一の幸運児」なのかもしれない。