大きな夢を描けば大きな花が咲く

坂中提案

年がいもなく途方もない夢を抱いて生きている。日本の新しい国づくりである。日本型移民国家の構想を立て、その実現に努めている。

もともとそれは坂中英徳が心に描いたひとつの夢にすぎないものだった。それは時勢の赴くところということなのだろう。私ひとりの夢ではなくなった。

人口崩壊の危機に瀕する日本の未来は、私の夢がかなうかどうかにかかることになった。おおごとごとになった。日本の未来に対する責任を負う立場になった。坂中ひとりの夢のままで終わらせるわけにはゆかなくなったのである。この夢は何としても実現させなければならない。

夢を描かなければ実は結ばない。大きな夢を描けば大きな花が咲く。夢のある人生は胸をわくわくさせてくれる。人生に花を添えてくれる。特に私の場合には、年をとるにつれて夢がどんどん膨らんできた。そんな私は至福の人生を送っているのだろうか。

実はそれがそうではないのだ。夢を追い求める人生にピりオドを打ちたいと思うことしきりだった。四面楚歌の状態にあったから、夢の重圧から逃れたいという弱気の虫が顔を出したのだろう。夢と現実のギャップが広がる一方の厳しい状況と向き合う日々が続き、絶望感にさいなまれることもあった。

ここ数年いつ死んでもいいようにと思って文章を書いてきた。悲壮な決意表明の論文が「増補版日本型移民国家への道」(2013年1月)である。

ところが2013年春、なぜか突然、何もかも吹っ切れた。失意が消えて自信がわいてきた。くよくよと考えないようになった。明るい日本の未来を描こうと思うようになった。

これからは極力楽観的に物事を見るようにする。肩の荷を下ろして気楽に文章を書く。最近、ホームぺージの坂中ブログとフェイスブックで夢の実現に向かて盛んに見解を表明している。インターネットの世界では「坂中英徳の日本型移民国家構想」は多くの人の知るところとなった。

時が来れば、「移民革命の先導者」から「移民国家の設計者」の立場に移行したいという夢を抱いている。移民国家の建設は国家国民の責任でやってもらう。

命を大切にするが、命に執着しない。もう十分生きた。多くの夢が実現した。自由奔放、大胆不敵な生涯だった。思い残すことはない。

これまで次々と夢を描き、それを追い求めてきた。新しい夢が思い浮かばなくなったらどうすればいいのだろうか。そんな心配はいらない。理想の移民国家を創る夢が尽きることはない。坂中英徳の死後も大きな夢を抱いた日本人が次から次へと現れるだろう。

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