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坂中論文を書いたことを生涯の誇りとする

 2000年代初頭、朝日新聞の記者から「伝説の坂中論文を書いた人はまだ生きておられるのですね」と驚きの眼で見られた。30歳の時に古典的論文を発表したことからそのような言葉が飛び出したのだろう。

 坂中論文の坂中英徳は2020年の今も現役である。75歳の現在が論文人生の頂点を迎えたと感じる。

 一つの論文が一人の国家公務員の一生を決めた。坂中論文を移民政策論の出発点と位置づけ、移民政策をきわめる道を選んだ。タブー視して誰も近づかない原野を開拓する道を歩んだ。

 だが渾身の力を込めて書いた論文は知識人からも政治家からも一顧にもされなかった。千年来続く移民鎖国のイデオロギーを打ち破るため孤立無援の闘いを強いられた。反坂中英徳の空気が充満する中、移民政策一路の一匹狼が移民国家日本の道を整備した。艱難辛苦の時代が続いたが、一方で天職に恵まれた充実の人生であった。

 「移民1000万人構想」と「人類共同体ビジョン」の旗の下に日本を理想の移民社会へ導くため一本一本の論文に精魂を込めた。達意の文章を書くことを常に心がけた。世界に通用する明晰な論理展開につとめた。結果、移民政策論文を駆使して世界の知的世界に打って出る地点に到達した。2020年2月、知友のテリー・E・マクドゥガルスタンフォード大学名誉教授を筆頭に海外の知性が驚いた『Japan as an Immigration Nation』(移民国家日本)を出版した。外国の知識人の眼には、前人未到の人類共同体哲学を打ち立てた坂中英徳は「日本人離れの日本人」と映るようだ。

 21世紀のいま現在、坂中英徳の移民革命思想に共鳴する日本人は皆無に等しい。むろん政府の了解を得た国家ビジョンというわけではない。それどころか日本の知識人の一部から「危険な思想家」と恐れられている。しかし、100年後の移民総活躍社会には坂中ビジョンに共鳴する地球市民が続出するだろう。

 2020年現在、45年前に書いた『今後の出入国管理行政のあり方について』(坂中論文)を実際に読んだ人はほとんどいないと思われる。もやは「幻の論文」なのだろう。

 老い先の短くなった私は、坂中論文を書く機会に恵まれなかったとすれば私の人生はどうなっていたのかを振り返る時間が多くなった。移民政策研究の先駆者の私はなかった。「ミスター入管」「反骨の官僚」「救世主」「革命家」「ミスターイミグレーション」などの形容詞をつけられることもなかった。世界の主要国で反移民・人種差別を唱える勢力が勢いを増す中、前記英文図書で展開した人類共同体ビジョンを掲げて世界に打って出る坂中英徳の雄姿もなかった。

 老いの一徹の一言。75年間の命をいただいたのに未だ悟りの境地に至らず、坂中論文の著者として最後の花を咲かせたいとファイト満々である。