坂中英徳は転向したのか

坂中提案

わたしは1975年の坂中論文(1977年加筆)の「我が国の出入国管理の基本政策」の章において、移民の入国を認めないとする政策について、次のように述べている。

〈最近におけるこの政策の実施状況を、我が国における国際間の人口移動の管理の視点からみておこう。国際間の人口移動について、外国人の入・出国者の差と日本人の出・帰国者の差との比較でみたのが表(1)である。外国人の日本移住者数と日本人の外国移住者数との比較でみたのが表(2)である。この二つの表から我々は、外国人移住者の入国と在留外国人の定着化(移民化)を極力制限する出入国管理政策がとられてきたことが有力な一因となって、我が国における国際間の人口移動は日本の総人口の変動に対してほとんど影響を与えない程度の僅かなものであったこと、及び海外で生活する日本人が日本で生活する外国人よりも若干多かったことの二点を確認できるであろう。〉

〈長期在留外国人(移民)を受け入れないという入国管理の基本政策は、国民生活を守るという出入国管理行政の基本理念を踏まえ、並びに、次のような我が国の置かれている現状及び将来における状況等を勘案して総合的に判断した場合、今後とも引き続きとるべき政策であると考えられる。〉

移民の入国抑制政策を今後もとるのが相当であるとする根拠として、①我が国社会の人口収容力はすでに限界状況にあること、②安定経済成長下における雇用情勢は一段ときびしくなること、③日本社会には閉鎖的なところがなお根強く残っており、移民を入国させるべしという国民の声はほとんど聞かれないこと、④移民として外国人を受け入れることにより世界にも稀な単一民族による日本社会の構成が崩れ、比較的安定している我が国の社会秩序が損なわれるおそれがあることの四点を挙げている。

行政官時代は移民規制の急先鋒であった私は、2005年に法務省退官後は「美しい衰退の道」の立場を撤回した。そういうきれいごとでは日本が沈没してしまうとの認識に至り、8年この方、人口崩壊時代の日本の生存を図る見地から「移民50年間1000万人構想」の実現を訴えている。「坂中英徳は転向した」という批判を甘んじて受ける。

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