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坂中英徳の一生を決めたのは坂中論文

2000年代初頭、朝日新聞の記者から、「伝説の坂中論文を書いた人はまだ生きておられるのですね」と、驚きの眼で見られた。30歳の時に余りに早熟の論文を書いたがゆえにそのような言葉が飛び出したのだと思う。だが九死に一生を得て在日朝鮮人政策の鬼は今日まで生き延びた。74歳の今も坂中論文の著者は移民政策論文をたゆまず書いている。筆の勢いは今がピークと感じる。
  
1975年に書いた坂中論文を出発点とし、移民政策研究を究める道を選んだ。誰も近づかない原野をひとりで開拓した。総じて言えば、執念を燃やして書いた論文が社会から一顧もされなかったが、結果はすべてオーライで、好きなことを好き放題にした人生に満足している。

44年間、移民政策の理論的研究に全知能を傾けた努力が実り、今の私は「移民1000万人構想」と「人類共同体ビジョン」の旗印の下に日本のみならず世界の移民政策をリードする立場に躍り出た。一本一本の論文に新風を吹き込み、30冊余の移民政策論文を書き、天運にも恵まれ、移民国家をつくる大願が成就する可能性が出てきた。

今日では、42年前に出版した『今後の出入国管理行政のあり方について』(坂中論文)を実際に読んだ人はほとんどいないと思われる。今では「幻の論文」なのだろう。

しかし、私にとってそれは移民政策論のレビュー作である。もし坂中論文を書く機会に恵まれなければ、移民政策研究のパイオニアの私はなかった。移民政策一路の人生を送ることもなかった。「ミスター入管」「反骨の官僚」「救世主」「革命家」「ミスターイミグレーション」という形容詞をつけられることも、そのような人物になるための人間修行に務めることもなかった。世界の移民政策を牽引する立場に身を置くこともなかった。