坂中移民国家論は有終の美を飾れるか?

坂中提案

 わたしは1975年の在日朝鮮人政策の立案をもって移民政策の嚆矢とし、それ以後、40年間、移民政策一本の道を歩んだ。誰もが恐れをなしてさわろうとしなかった移民国家大綱の立案に全精力を傾けた。四面楚歌と一人旅が続く中、自らを叱咤激励して移民国家の根本原理の究明に心血を注いだ。

その間、切れ目なく移民政策論文を書き続けた。移民政策研究の白眉といえるのが、2014年に出た『新版 日本型移民国家への道』(東信堂)である。さらにこの5月、世界の人々が移民国家ジャパンの誕生を歓迎する契機となればと願って、英文の移民政策論文の決定版:『Japan as a Nation for Immigrants』を発行した。すでに坂中移民国家構想は海外で広く知られているので、近未来を視野に入れたこの英文図書は世界の知識人に衝撃を与えると予想している。

最近、親しい英国人ジャーナリストから、「革命的な移民国家構想を公言している坂中さんに官邸からの圧力はないのですか」と尋ねられた。私は「まったく無視される状態に変わりはないが、これまで永田町から坂中構想に対する批判、圧力は一切ない」と答えた。彼は「日本は自由にものが言えるいい国ですね」と述べた。

日本政府は危険な思想家の唱える移民革命思想を敬して遠ざけるというか、見て見ぬふりをするというか、いずれにしろ政治が坂中移民国家構想に干渉することはなかった。

 与野党を問わず日本の政治家は、日本が直面す最大の政治課題=移民問題について及び腰というか、傍観者の立場に終始した。私の目にはそう写る。政治家はよほど移民が嫌いと見える。無責任政治の極みであるが、革命的な移民政策の立案にとってはそれが幸いした。頭に浮かんだアイディアを誰に遠慮することもなくストレートに表現できた。気がつけば、世界が日本のミスターイミグレーションと認める移民政策研究の第一人者になっていた。
 私の使命は移民国家理論の完成で終わらない。移民国家の建国という大業が残っている。新国家建設の偉業を達成すれば坂中移民国家論は有終の美を飾れるが、国事に奔走する者にとってそれは私事だ。大事の前の小事だ。それに、何もかもうまくゆく人生は私の性に合わない。
 20代の時分から、いい事ずくめの人生などこの世に存在しないという人生観を抱いていた。70になった今も、よい事とそうでない事とが半々で終焉を迎えるのがあるべき人生だと思っている。理路整然とした論文のような人生などあり得ない。仮にあったとしても、そんな完璧な人生は心の葛藤も人間味もない。およそ味気も何もない無味乾燥な人生だ。
 画竜点睛を欠く人生に満足である。入管生活では有言実行をモットーに生きてきたが、さすがに移民国家の創成については未完成交響曲で終わるのが当然と考えている。それは三世代の日本人の努力の積み重ねを必要とする世紀の大事業である。
 移民国家百年の指針となる理論体系の基礎を築き、八分までの困難の仕事をやりとげたので、将来の国民への責任を果たしたと言い切れる。私の志を引き継ぐ移民革命の志士たちが輩出し、移民国家の金字塔をうち建ててくれると信じており、日本の将来については心配していない。

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