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坂中構想に対する官邸からの批判はない

2014年末、畏友の英国人ジャーナリストから、「革命的な移民国家構想を提言している坂中さんに官邸から圧力がかからないのですか」と聞かれた。私は「坂中移民国家構想を忌憚なく述べているが、官邸から坂中構想に対する圧力も批判もない」と答えた。

事実、もともと政府首脳は坂中移民政策論を批判するに足る見識を持ち合わせていなかったこともあって、坂中英徳の一挙一動を注視しながらも、大胆な移民革命を唱える革命家を敬して遠ざけるというか、政治家が本来やるべき仕事を民間人にやらせて世論の動向を探るというか、入管時代の実績に配慮したというのか、その真意のほどは定かではないが、政治の本丸に切り込んだ坂中英徳の自由奔放の活躍を見て見ぬふりをしてきた。
 
私は移民政策から距離を置く政治の虚に乗じ、政治家に何ら遠慮することなく、自由自在に移民革命論を展開した。移民政策の立案は私の独壇場に終始し、移民国家のあるべき姿を思いのまま描くことができた。法務省をリタイアした後の15年間で移民政策論文集を25冊ほど発刊した。

安倍晋三首相時代、私は新刊を出すたびに政府首脳に献本した。10冊余の著作が日本政治の中枢部門に与えた影響は計り知れないものがあると理解している。日本型移民政策理論は年を追って理論体系が整うとともに説得力が深まったと思うが、総理官邸は坂中移民国家ビジョンの進展と国民世論の動向を注意深く見守っていたと推察している。それを裏付けるものがある。

2015年6月政府中枢から招かれ、政治家を含む内閣官房の主要幹部らを相手に「日本型移民国家への道」の題目で講演した。20名のパワーエリートたちが私の話に耳を傾けた。坂中構想に対して「グッド・アイディア」という答えが返ってきた。講演が終わったときに若手官僚の間から拍手が起きた。

そのとき移民革命家と官邸とはいわば阿吽の呼吸で結ばれていると思った。政府首脳と革命家の間にはある種の信頼関係が成立していると感じた。そのことについては私が入管OBの移民政策の専門家であることが関係しているのかもしれない。あるいは、官邸サイドは型破りの異端者を事実上の政府の一員とみなし、政府内に抱え込もうと考えたのかもしれない。

そのような見方が当たらずとも遠からずとすれば、移民政策に関する政府の指南役の立場で大きな夢を追いかけ、若者たちに夢と希望を与える移民国家理論を完成させた私は百点満点の論文人生を過ごしたと言えるのかもしれない。