在日朝鮮人問題の解決の道筋をつけたことを生涯の誇りとする

坂中提案

 今日、経済界、スポーツ界、芸能界などを見渡すと、在日コリアンの活躍が目立つ。医師、弁護士、公認会計士など専門職に従事する人も多い。

 歌謡の世界は在日コリアンの存在を抜きにしては語れない。ソフトバンクの創始者の孫正義氏を筆頭に起業家が続出した。焼肉やキムチが日本人の好きな食べ物になったのも朝鮮半島出身者がいたからこそだ。

 私たち日本人は、戦後日本に残った65万人の在日朝鮮人とその子孫が、日本の社会・経済・文化の発展に貢献したことを忘れてはならない。在日朝鮮人は日本社会に彩を添え、活力をもたらした。もし彼らがいなかったなら、先祖代々の日本人が社会の成員のほぼ100%を占める、淡彩画のおもしろみに欠ける社会になっていたと思う。

 もうひとつ言っておきたいことがある。日本人の歴史認識が厳しく問われるとともに在日コリアンの民族的アイデンティティがからむ、困難きわまる少数民族問題を解決の方向に導いた経験は、未曾有の規模の移民を迎えるときの日本人の自信につながると考えている。

 わたしは法的地位の安定など在日朝鮮人問題の解決の道筋をつけたことを生涯の誇りとする。朝鮮半島出身のたった65万人の移民がこれだけ大きな仕事をやった実績に照らして考えると、全世界から1000万人の移民を迎えると、その中からどんな偉材が現れるか、どんな偉業を達成するか、それを思うと期待に胸がふくらむ。

 1975年の坂中論文の遠大な構想と自然体で在日韓国・朝鮮人問題を解決する手法は、人口崩壊の脅威が迫る平成時代の移民国家構想を実現に導く場合にも適用できるのではないかと考えている。

在日コリアン問題の解決と移民国家の建設とではスケールがまったく違うが、禁忌を破り、新地平を切り開くという点では似通ったところがある。在日韓国・朝鮮人問題に取り組んだ経験のなかに移民国家への道をつける場合のヒントが隠されているように思う。判断に迷ったときには坂中論文の初心に返り、修羅場をくぐった体験を生かし、しかるべく対処する所存である。

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