在日中国人は友好の架け橋(新華社通信)

坂中提案

私は2006年5月、「『世界に開かれた日本』を目指して――在日中国人は友好の架け橋となる」と題する論文を『外交フォーラム』(2006年6月号)に発表した。すると、この論文に関連して予期しない展開が見られた。同年5月26日、中国国営通信の新華社が論文の要旨を中国語に翻訳(論文全体の三分の一の抄訳)、中国に向け発信したのだ。中国では全国の新聞をはじめ各メディアがこれを取り上げた。約1000の新聞サイトでも紹介された。坂中英徳元東京入国管理局長の名前が中国全土に知れ渡った。

論文の主眼は、日本人の在日中国人像の転換を迫り、日本社会のあり方を問うものであった。中国で大きな反響を呼んでいると聞いてびっくり仰天した。中国政府の真意はわからないが、新華社が東京発のニュースとして、私の論文を忠実に翻訳し、好意的に紹介した。小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝をめぐる問題で日中関係が最悪の時に「一石を投じた」ということで、中国政府はこの論文を評価したのだろう。

中国の内部事情に詳しい外務省高官が「中国人の日本人観を変えた」と述べたのを鮮明に覚えている。在日中国人を公正に評価した元入管職員の論文は本国の中国人の心の琴線に触れるところがあったのかもしれない。一方、日本の外務省は中国語の雑誌『越洋聚集』(第13号、2006年7月)に論文の全訳を掲載し、中国をはじめ中国語圏の国の政府機関などに5000部配布した。坂中在日中国人論は日中両国政府の外交の道具として重宝されたのだ。

12年前のことをふりかえると、私の手元を離れた在日中国人論は独り歩きし、日中関係の改善に向けての「触媒」の役割を果たした可能性がある。あるいは、日中両国民が相互に好ましいイメージを形成するのに多少の貢献をしたと言えるのかもしれない。

私自身も、在日外国人の処遇のあり方いかんが国際関係に影響が及ぶことを学んだ。入管の現役の諸君もこのことを胸に刻み、入管行政の適正を期してほしい。

 

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