在日コリアンとニューカマーの移民

坂中提案

じつは、「在日」韓国・朝鮮人が徐々に日本社会に適応し、最終的には「朝鮮系日本人(日本国民)」になるという道筋は、私が1977年に書いた坂中論文で提案した主要テーマである。

私は、日本における移民問題を考えるとき、その視点の座標軸を将来あるべき社会の姿におき、超少子化と人口激減が必至の日本が取るべき究極の政策は「移民との共生」であると考えている。

たとえば、2030年の日本という国の形を想像すると、日本国民が多様な民族から構成される多民族国家になっている可能性が高い。というより、日本人を中心に多民族が共生する寛容な社会にならなければ、この国の明日はないと思っている。

さて、2030年に、在日コリアンが日本社会にパーフェクトに同化し、日本国籍の人が大半になって名前までも日本人と同じでは、在日韓国・朝鮮人とはいったい何だったのかということになる。そのときに在日韓国・朝鮮人の姿が全く見られないということであれば、ニューカマーの移民たちは自分たちも同じ運命をたどるのではないかと疑心をいだくであろう。希望を持って祖国から移住してきた日本が、マイノリティ(少数者)の存在を尊重する社会ではなく、多民族共生社会を目指す国でもないと知ったらどれほど落胆することであろう。

また逆に、新しく入国した移民が次々と日本国籍を取って選挙権を行使し、あるいは政治家として活躍し、社会の一員として立派に責任を果たしているというのに、昔からいる大先輩の在日韓国・朝鮮人が外国籍のまま社会の片隅でぽつんと孤立しているとしたら、その姿は、ニューカマーに哀れみを感じさせるであろう。

日本社会にとっても、歴史的な経緯で日本に存在することになった在日コリアンがこつぜんといなくなったのでは大きな損失である。少なくとも自分の祖先は朝鮮半島出身者であったことを明らかにして生きる人、最後の砦の意味で、本名を名乗って出自を明らかにして日本社会で生きる人が、かなりの数で存在することを期待する。批判を恐れずに言えば、「朝鮮系日本人の道」を歩んでもらいたい。

待ったなしで到来する「人口減少社会」。この先いまと同じ活力を日本社会が維持しようとすれば、速やかに移民開国し、2050年には10人の1人が移民(外国出身者)の国にならなければならないと、私はつとに主張している。今後の移民政策のあり方を考えるとき、われわれ日本人は、在日韓国・朝鮮人と向かい合った戦後73年の歴史を参考にするしかない。とくに、在日韓国・朝鮮人とどのような人間関係を築いてきたかを省みることが是非とも必要である。

戦後しばらくの間、在日韓国・朝鮮人は日本社会のなかで孤立し、日本人との交わりを避けてきた。同様に、日本人も彼らに偏見の眼差しを向けていた。差別される側とする側に分かれ、水と油のように両者の間にはくっきりとした心の壁が存在していた。

しかし、高度経済成長が日本の繁栄と日本社会の大転換をもたらし、在日コリアン社会にも世代交代の波が押し寄せるなど、時代の流れや社会の変化のなかで、両者は、知らず知らずのうちに過去の歴史に引きずられた人間の感情や民族的なこだわりを軽やかに乗り越えてしまっていたのである。その何よりの証左がある。あっという間に在日韓国・朝鮮人の結婚相手の約90%が日本人になったという事実である。このことの持つ意味は大きい。

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