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国粋主義者たちが街宣車でやってきた

2018年7月現在の移民・難民をめぐる世界情勢を観察すると、米国、英国、フランス、ドイツなど欧米社会において異なる人種・宗教に対する排外主義的な考えや、反移民を掲げる極右政党が一定の国民の支持を獲得している。しかし、日本の移民政策の牽引役をつとめる私が、反移民を叫ぶ極右勢力や国粋主義者との真っ向勝負を挑む決意は微動もしない。国粋主義のイデオロギーの根底にある純血主義の考えが社会に浸透するのを阻止するため全力を尽くす。

1000年以上も不磨の大典として守られてきた移民鎖国体制をくつがえすと公言する坂中英徳移民政策研究所長は、当然の成り行きで純血主義者・国粋主義者らの不倶戴天の敵になった。攻撃の的である私は40年ほどありとあらゆる個人攻撃を山ほど経験して打たれ強い体質になった。私が移民国家の建国の捨て石となることによって日本国と日本民族の安泰への道を開くことができれば本望である。

2008年6月、私が原案の作成に関わり、自民党外国人材交流推進議員連盟がまとめた「日本型移民政策の提言」が発表された。「移民50年間1000万人受け入れ」を柱とする革命的な移民国家構想である。移民鎖国派、国粋主義団体がそれを黙って見ているはずがない。「売国奴」「反日」などのスローガンを掲げ、移民開国派の理論的リーダーをつとめる坂中英徳に対する個人攻撃の火の手が上がった。

同年7月29日には、国粋主義団体の街宣車に乗った数十人の移民鎖国派グループが、私が主催するシンポジュウム会場に押しかけてきた。私は国粋主義者たちの抗議行動に一歩も引かず、堂々と自分の意見を開陳した。シンポジュウムの閉会の辞を述べたとき、私の話を熱心に聞いていた約500人が立ち上がり、万雷の拍手が起きた。勇気をもらって私は感きわまった。

その後も移民政策に関する集会を開くたびに、10人前後の国粋主義者たちがシュプレヒコールを行うためやってきた。数人の警察官が駆けつけて入場を阻止したので無事集会を終えることができた。

さらに、2014年2月安倍晋三首相が衆議院予算委員会において「移民の受け入れ問題は国民的議論を踏まえて多角的に検討する必要がある」と述べると、ネット右翼の世界で排外主義者やヘイトスピーチ団体による坂中罵倒の言葉が激しさを増した。

移民革命を主動する立場にある私の責任で反移民勢力の攻撃を一身で引き受ける覚悟はできている。国粋主義団体の理不尽な攻撃を恐れていては国家の大事をなすことはできない。この年になると非難・罵倒のかたまりの文章を読む気力は失せたが、叩かれても脅迫されてもびくともしない不屈の精神は健在である。暴風がやむまで耐える。

移民鎖国という最強のタブーに移民1000万人構想で対峙する構図は変わらない。批判や攻撃が坂中英徳に集中するのは、アンタッチャブルの精神で国粋主義者らとの闘いに挑んだ勇者のあかしと理解する。

幸いにして、国粋主義者たちが叫ぶ純血主義の主張が国民の間に広がる気配は感じられない。当然である。そのような考えは非科学的で日本人の常識に反する。大方の国民の外国人観は穏当至極である。フランスやドイツでは反移民を掲げる極右政党が国民の一定の支持を集めているが、日本では反移民を唱える極右政党が出てくる可能性は薄いと判断している。欧米諸国で起きている反移民・人種差別の排外的運動に追随する動きも見られない。それどころか、日本国民の大多数はトランプ米大統領の移民に対する強硬姿勢に反対である(2017年2月のNHKの世論調査)。

私は1975年の坂中論文から今日の移民国家構想まで何回も修羅場を経験して多くのことを学んだ。極右勢力による坂中打倒の動きが激しくなっても決して自説を曲げない。信念を貫けば不可能を可能にするような奇跡が起きることをひそかに期待する。タブーへの挑戦は栄光への道につながるとポジティブにとらえる。

四面楚歌の状況と批判の集中攻撃が続くなか一人孤高を持する人生を歩んだ。在日朝鮮人問題に始まり移民受け入れ問題に至るまで、坂中マイノリティ論は極左と極右の双方から嫌われ、攻撃の標的になった。このような奇妙な取り合わせの人生をどう解釈すればいいのだろうか。もちろん批判を恐れて穏健かつ中道の道を選んだというわけではない。その逆である。あえて言えば、理想の極致をめざす極論ばかり唱えていたからそういう目にあったということではないか。

48年の職業人生を回顧すると、発言すれば強い反発が予想される問題と関わり、私なりに日本の未来にとってよかれと思うことを口にし、かつ実践してきた。

反移民陣営に属する人たちの中に日本民族が地球上から消えていくことを心配する愛国者はいない。私はかつての「進歩的文化人」を思い出す。戦後の40年ほど、共産主義のソ連、中国、北朝鮮を絶賛し、日本批判を展開した学者、文化人のグループである。

1970年代後半、私が提案した在日韓国・朝鮮人政策論は、当時の知的世界で一定の勢力を誇っていた進歩的文化人から袋叩きにあった。「大村収容所解体」「坂中打倒」の看板を掲げるデモ行進の標的にされた。「坂中英徳は同化主義者、植民地主義者」と、機関紙などで執拗に批判された。歴史は繰り返すということなのだろう。その40年後の2010年代。ヘイトスピーチ団体などの反移民陣営から、「1000万人の移民を唱える坂中英徳は売国奴」とののしられている。

昭和の進歩的文化人は共産主義シンパで反日思想にこりかたまった極左の知識人だった。平成の反動的文化人は国粋主義者で民族の純血性にこだわる極右の知識人だ。両者は祖国の運命に無関心という点で共通する。批判するばかりで対案を出さない無責任体質でも似ている。

移民反対派の人たちの中に、人口激減によって経済、社会、文化が衰退していく日本の将来を憂える真の愛国者はいないようだ。もっぱら国民世論を反移民に煽ることに熱心な排外主義者だ。しかし、異なる民族に対する広い心がある日本の若者が人種差別主義や純血主義の極右思想に染まることはないと考えている。

ちなみに、日本経済新聞の世論調査によると、「あなたは人口減少への対応策として、日本に定住を希望する外国人の受け入れを拡大することに賛成ですか、反対ですか」という質問に対して、18~29歳の若年層で6割が賛成と答えている(2017年3月21日の日本経済新聞)。