四面楚歌時代の一筋の光明

坂中提案

 2004年1月の『中央公論』(2月号)に「外国人受け入れ政策は百年の計であるー目指すべきは『小さな日本』か『大きな日本』か」と題する論文を発表した。日本型移民国家構想への道の出発点となった論文である。

 当時、人口減少時代が間近に迫っていたので、人口減少社会の外国人の受け入れのあり方について緊急提言したものである。

 両極に位置する理念型として、人口の自然減に従って縮小してゆく「小さな日本」と、日本人の人口が減少した分を外国人の人口で補って経済大国の地位を守ってゆく『大きな日本」の二つのシナリオを示したうえで、それぞれに対応する移民政策に論及した。

 小さな日本の場合の移民政策は、人口の国際移動が日本の総人口に影響を及ぼさないようにするため、日本への人口移入を厳しく制限するものである。

 大きな日本の場合の移民政策は、現在の人口規模を維持するため、50年間で3000万人の移民を入れるものである。

 論文のねらいは、来るべき人口減少社会の日本の進路と移民政策の理論モデルを提示し、移民の受け入れについて国民的議論を喚起することにあった。

 しかしながら、この論文はひと握りの研究者と外国人ジャーナリストの目にとまっただけで不発に終わった。その唯一の本格的な評論として、四面楚歌時代の私に一筋の光明を与えてくれた文章がある。
  
 2006年3月21日の『ジャパンタイムズ』に掲載された「The doomsday doctor」(救世主)という表題の記事である。これを書いたのは英国の『ザインディぺンデント』東京特派員のディビッド・マックニール氏。

 タイトルの「The doomsday doctor」の意味についてマックニールさんに質問した。彼は「救世主」という意味だと答えた。私は日本の危機を救う責任者の称号を付けられてびっくり仰天した。

 それは「坂中英徳は日本の人口危機を治癒しようとしているが、誰も注意を払おうとしない」の書き出しで始まる長文の論説だった。いま読むと、その後の私の孤独の闘いを予見しているようなところがあり、その慧眼に驚く。

 〈坂中は最近、少子高齢化による地域社会の崩壊の危機と、牢固とした低い出生率(2004年の出生率は1・28に低下)に警告を発し、官僚の殻を破って「50年間で2000万人の移民受け入れ」を示唆した。〉

 〈坂中は『入管戦記』という著書で、慎重に言葉を選び、ユートピア物語と断っているが、「日本は多民族社会となり、アジア全域から移民を惹きつける国にならなければならない」と初めて提案した人だ。〉

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