受入れは誰の責任か

イベント・講演

受入れは誰の責任か
―世代間関係から移民政策を考える―

渡邊 智之

1 はじめに
  世代という言葉が、世を賑わして久しい。ゆとり世代、世代間格差、将来世代へのツケ…。世代とは、過去から現在までの、その時々の人々を指す場合に止まらず、今日では、例えば環境問題がそうであったように、現在の私たちが将来に何を遺すのかといった、前向きの時間軸をとって語られる。今や、社会保障や消費税の問題について論じる場合、将来世代へ目を向けるということはほとんど日常的に行われているように思える。本稿は、この浸透しつつある私たちと将来世代との関係(世代間関係)という視点が、外国人の受け入れという政策分野を考える上でも、決定的に重要なのではないかという主張を提起するとともに、その問題意識に基づいた移民政策の在り方を論じようと試みるものである1。

2 なぜ移民政策を論じるのか
  初めに、日本の社会保障の議論において、世代間関係の視点が導入された経緯を概観する。数ある先進国の中でも、日本ほど少子高齢化の波が急速に押し寄せている国はない。野田総理は、社会保障と税の一体改革関連法案の成立を受け、①社会保障の安定財源を早急に確保し、社会保障を支えていかなければならない状況に陥っており、②未来を搾取するというやり方は、もはや通用しない、とるべきではないと述べた2。「給付、負担、両方を併せて世代間の公平を図る」という総理の言葉は、今の高齢世代と若者世代という直接的利害関係に止まらず、両者を含めた現在世代と、その先のまだ見ぬ将来世代という存在を想起させるものである。経済成長を達成できず、何も手を打たなければ就業者数が今後20年で800万人以上減少する一方で3、社会保障費は毎年1兆円以上増加していく。このような状況で、今生きている私たちが、自分たちに対する給付を重視・充実させることに注力する余り、その負担を将来世代に肩代わりさせたり、あるいは将来の人口構成では支えられない仕組みを遺したりすることは許されるのか。こうした問題意識は、世代間における受益と負担の配分が「良いバランス」であることを要請する「世代間正義」という視点を与え4、一つの国家的改革が進められつつある。
  このように、少子高齢化によって生じる社会の構造的な変化は、人々に現実的な決断を迫っており、その決断が現在世代のみならず、将来世代の利益を著しく脅かす可能性があるからこそ、あらゆる選択肢の検討が要請されている。こうした文脈では、現在世代と将来世代の利益は、多かれ少なかれトレードオフの関係にあることが前提である。しかし、あらゆる選択肢を検討し尽くすのであれば、まさにこのトレードオフの関係自体を政策変数として扱うことすら、検討対象となりうるはずである。すなわち、現在世代の利益を維持しつつ、同時に将来世代にも正の遺産を引き継ぐための一手段として移民を受け入れ、人口・社会構造を再構成するという議論は、真剣に検討されてしかるべきである。人口減少社会に対する処方箋としての移民政策は、平成20年に自民党が50年間で1000万人の移民受入れを提言した時でさえ、国民的議論を生むことはなかったが、現在世代と将来世代を巡る受益のバランスとして世代間正義を考えるに当たっては、社会保障政策と同様の問題意識でもって語られるべきものなのである。

3 移民政策に欠けているものは何か
  移民政策が社会保障政策と同列に語られない理由の一つは、移民の受け入れや移民との共生には、大きな政治的・感情的困難を伴うと誰もが感じているからではないかと考えられる。本節では、諸外国における移民を取り巻く環境の変遷について5、その特徴を述べ、日本における懸念事項を指摘したい。
 第1に、流入の自律性である。諸外国、特にフランスやドイツといったヨーロッパ諸国では、第二次世界大戦後から1973年までの高度成長期、主に経済的理由から、周辺諸国や植民地から大量の移民を非正規者も含め受け入れている。実際に実質的に移民をより多く受け入れた国は、そうでない国に比べ高い経済成長を実現している。石油危機を発端とする高度成長の終焉に伴い、各国で移民規制が行われたが、移民の家族の呼び寄せは止められないばかりか増加し、また当初の予想に反し定住化が進み、人口構造が変化した。現在もヨーロッパ諸国の多くは、原則として移民規制を継続して、高度技術者の受け入れを推進する政策を導入するものの、実際には最大の移民形態は家族呼び寄せである(OECDによれば、フランスでは合法的な長期滞在移民の60%を占めるという6)。このように一旦一定規模の移民を受け入れた場合、移民流入の動きは、徐々に自律性をもちはじめ、例え政府の政策判断をもってしても、止めることが困難になるのである。
 第2に、集住性である。外国人労働者は、言語や労働者保護に関する知識の面で自国民よりも不利な立場にあり、非熟練労働に従事するしかなく、実際に企業からの需要もあった。このため、賃金や生活水準は低かったため、居住場所も固定化されたままであった。こうした傾向は、日本における高度成長期の日系人の定住にも見ることが出来る。
 第3に、自国民との摩擦である。地域の移民コミュニティのなかには、社会・経済的に排除されるコミュニティが往々にして存在した。この要因は受入国の国民による人種差別等の排他的行為と、それを助長する政府の態度であるといえる7。時に、こうした摩擦は暴力という形で表面化する。2005年フランスでは移民系の若者に対する取り締まりを強めたことに対して、移民系若者が反発し、警察との暴動が都市郊外で頻発した。
 第4に、次世代への状況の固定化である。このような社会的排除の傾向は移民の第二世代にも影響を与える。ヨーロッパにおけるアフリカ系移民2世の若者の失業率は、自国の若者の失業率の最大で2倍の数値を示しており8、次世代にまで、教育水準や、就職の機会の面で不利な状況が引き継がれていくことになる。
 このように、移民と受入れ国の国民の関係は、国内社会に無視できない影響を与えるようになった時点では、しばしば、不幸な形で固定化されてしまっている。それは、世代を重ねる毎により強固なものとなり、歴史を形成していくのである。
 積極的な移民受入れ政策を採ったことのない日本において、移民政策を議論の俎上に載せた場合、こうした諸外国の経験を基に、多文化共生・人権擁護に関する知見や、より直接的には体感治安の悪化やそれに伴う国民感情への影響等の観点から懸念が表明されることは想像に難くない。一方で、移民受入れが日本経済や社会保障に対していかに貢献しうるかを説くことで、これを推進する立場も少なくないであろうが、受入れ後のコミュニティの形成や生活実態、経済状況の変化を正確に予測することがそもそも困難である以上、両者の議論に正確に優劣を付けることは不可能である。それでも、仮に移民を受け入れる方向に舵を切る結論に落ち着いたとすれば、それは多分にその時代の政治・経済状況やマスコミの報道姿勢、利害関係団体の姿勢などのパワーバランスの中から生まれたものにすぎず、ごく妥協的な、慎重なものになり、結果として賛成論者が求める程の正の影響力を持たないかもしれないし、逆に総数としての受入れ人数の議論ばかりが先行して、外国人が住む地域レベルでのケアが疎かになるかもしれない。いずれにせよ、諸外国がしばしばそうであったように、移民と自国民についての関係について長期的な視野にたった政策となっていることは予想しがたい。こうした政策決定の結果、現在世代だけでなく将来世代における移民との関係が、諸外国同様不幸な結果を導くのであれば、それは結局のところ、現在世代の移民を受け入れるという意思決定において、将来世代を配慮すべきという要請を生むと考えられるのであり、経済成長が見込めない現代にあっては尚更慎重に検討されるべきものなのである。
 
4 世代間公正の理念は移民政策に拡張可能か
 将来世代の配慮を正当化する試みは、環境問題を契機として、哲学・倫理学等の側面から盛んに論じられてきた。本稿では、将来世代の配慮義務を「世代間公正義務」として道徳的に基礎付けた、宇佐美誠の議論を参照したい9。世代間公正義務とは、「直前世代から受け継いだ利益を自世代の各構成員の負担により直後世代に結果的に引き渡すという一応の(prima facie)道徳的義務」である10。ごく簡単に言えば、世代間公正義務の主な特徴は、①権利の存在を必要とせず、現在世代に対しいわゆる配分的な正義観に基づき一方的に配慮義務を要請する点、②現役世代に対して、動機の如何を問わず、単に行為として配慮を求める点、③現在世代の個人の権利を害してまで、世代間を配慮した政策の遂行を強要しない、一応の義務である点、④例えば天然資源のように、世代を超えて連続的に承継する枠組みが存在する場合にのみ妥当する点であると考えられる。宇佐美は、世代間公正義務の有効性について、環境問題を例に検討しているが、この概念は、移民政策の議論においても、次のような政策的含意を持つと考えられる。つまり、現在世代は、過去世代から引き継いできた「共生」の枠組み―それには日本社会及びその構成員たる日本人の経済的・文化的な均質性や、世界的に類のない良好な治安・福祉、それらを下支えする法制度など、様々な要素が考えられる―について、次に控える将来世代に受け継いでいく一応の義務がある。この考え方によれば、短期的な経済的欲求による移民政策は、長期的な世代間関係で捉えれば、共生枠組みを維持する義務をないがしろにしている。したがって、現在世代は、移民政策においても、現在世代が受益している共生の枠組みをできるだけ将来世代に承継することについて、一応の義務が生じるのである。
 こうした考えに対しては、社会的均質性の外側に位置した個人や集団が、歴史的事実として少なからず存在してきたのであって、均質性の神話が逆にこれらの人々の存在を長らく覆い隠してきたことから、ある世代の共生枠組みを野放図に将来世代に継承すべきではないとの見方もあるだろう。突き詰めれば、共生の枠組みは、余りに多元的な価値観に基づいており、何を将来に継承すべきかが必ずしも明らかではないという疑問が生じる。しかし、宇佐美も指摘するように11、将来世代を配慮するに当たっては「これを実現したい」という将来世代の積極的価値観を知っている必要はなく、「これを避けたい」という消極的価値観を推測できれば足りると考えられる。将来世代が、現在と同程度に治安が維持された、文化的摩擦のない社会を望むことは異論の余地がないであろう。
 また、国境管理がある程度行き届いた今日の国民国家において、移民の受け入れは、理念的には主権者たる国民の意思決定なしには起こりえない。したがって、自らの社会の構成員を変更するという現役世代の主権の行使は、直接将来世代の利益を左右し、結果将来世代が望まない社会を形作るきっかけを与えてしまうかもしれない。このことは、世代間公正の理念が、自国民と移民によって構成される将来世代に対して、いかなる共生枠組みを承継していくべきか、私たちの責任ある決定を迫るのである。

5 どのような制度設計が可能か
  世代間公正の理念を反映した移民政策について、具体的な制度設計を行いたい。まず、世代間公正義務の履行をいかに制度的に担保するかについてである。改めて確認すれば、義務の履行とは、受け入れが、人口減少社会の課題を克服するに足るものであり、かつ、その方法が、将来世代に対して社会的・文化的摩擦を遺さないようにすることである。受入れ主体やその方法、移民の処遇などを設計するに当たって重要であるのは、移民を「誰が受け入れるのか」、そして「誰が受けとめるのか」という視点であると思われる。フランスやドイツの例を見てみよう12。これらの国では、雇用主の求めに応じて、その国の他国における出先機関が労働者を選定・審査し、受け入れる形をとっていた。この時、移民受入れの決定権を持つ主体は、直接外国人労働者から利益を享受する雇用主であり、それをとりまとめる政府である。しかし、当初の思惑に反して、移民だけでなく、その家族までもが流入し、移民の永住化が進んだことは既に述べた。結果、移民と近隣住民との間で摩擦が生じただけでなく、それを防ぐために講じられた移民保護政策に対して国民的な反感を生むに至ったのである。すなわち、最終的に移民を受けとめたのは、隣人としての住民であった。こうした結果はある程度予想できたのかもしれないが、それでも移民の家族の入国を認めざるを得なかったのは、人材獲得競争に勝つための優遇措置や、先進国として移民にある程度の権利を認めることについて、外部からの強い圧力が存在していたことが大きい。
 このように、移民を受け入れる主体と、受けとめる主体が異なるという構造が、しばしば経済成長期に受けとめ側の論理を押しのけて政策を主導する結果、移民と自国民との不幸な結末を生む。受けとめ側は、将来世代は言うまでも無いが、現在世代の一部もこれに該当するため、世代間公正義務を正確に履行するためには、まず現在世代内で、受け入れる側と受けとめる側の利害調整を行い、意思決定を統一する必要があると考えられる。そうであれば、具体的な主体は地方自治体であるべきであろう。つまり、住民自治の下に、受け入れの必要性と、受けとめの心構えとを斟酌した上での受入れ決定が求められる。国家レベルでの移民受入れの決定は、民主的過程を経てはいるものの、隣人としてのイメージが湧きにくく、実際に利害がない人々も多いことから、受入れ当初からの体制整備は期待できない。むしろ住民レベルで、自分達が欲して受け入れるのだから、受けとめも自分達の創意工夫でもって対応しなければならないという積極的態度が、制度を通して創造されることが必要なのである。
 一方で、国としての役割がなくなる訳ではない。仮に、地方自治体の受入れ決定のみによる移民の受け入れを実行したとすれば、例えばその自治体の見通しが外れ、大量の失業者を出してしまった場合、近隣自治体に移民が流出し福祉援助を受けることになってしまうことや、自治体の目論見に反して入国後すぐ他の都市部に移住してしまうといった懸念が考えられる。これは将来的に、他の自治体に予期せぬ負担を転嫁することになる。このため、①国は、現在世代の利害を調整し、それらが将来世代にとっても利益になるよう、全体のバランスを取ることが当然に求められる。具体的には、国を主導としてある程度の規模の成長が見込める医療・介護など分野や、国益を大きく損なう海外流出が進む製造業などの分野への投入などに、移民の範囲を制限することが考えられるだろう。地域に根付いて貰うことをある程度担保するために、入国時の数年間は職業規制を設けるなどの方策もありうる。また、これに関連するが、雇用を得るまでのプロセスに、不当な斡旋・仲介業者を挟むことや、余りに文化的・宗教的習慣の異なる国からの受け入れを行うこともリスクを伴う。したがって、②国は、責任を持って送り出し国を選定し、また、送り出し国も移民の選定に責任を持つような枠組みを整備する必要がある。2国間協定がその例である。諸外国が移民の受け入れを厳しく制限する中、アジア諸国を中心とする送り出し圧力は益々高まっており、こうした国々に送り出し先を提供する代わりに、産業・貿易分野などで、有利な協定を結ぶといった外交戦略上の恩恵があることも、こうした施策の利点である。一方で、国がこうした枠組みを整え、仮に過疎や産業の衰退に苦しむ地方自治体が移民受入れを欲していたとしても、自治体が受入れ体制の整備コストを負担できないために、受け入れを断念せざるを得ない場合も考えられる。そこで、③国は、こうした自治体を後押しするため、一定の財政的支援の枠組みを考えるべきであろう。以上3つの観点からも明らかであるとおり、自治体とは別に、国として世代間公正義務を全うするための仕組みもまた、必要なのである。
  最後に、こうした自治体主導ともいうべき受入れ施策が、先述した世代間公正義務の特徴とも整合的であることを簡単に確認する。まず、現役世代に対して、動機の如何を問わず、単に行為として配慮を求める点についてである。住民による受入れ目的は、地元産業の復興や過疎化の対処策など、多岐に渡ることが予想されるのであり、必ずしも将来世代への配慮が直接の目的ではない。結果として、長期的には将来世代に対して配慮をした形となることを想定した仕組みとなっている。次に、現在世代の個人の権利を害してまで、世代間を配慮した政策の遂行を強要しない、一応の義務である点についてである。これに関しても、地方自治体による民主的決定が行われる中で、著しく個人の権利を害する政策を強行することは考えにくく、あくまで現役世代の利害に基づいた決定がなされるだろう。また、結果として移民を受け入れないという結論に至ったとしても、その決定はまた将来世代を配慮したものと言えるのである。
  以上、世代間公正義務に基づいた具体的な制度設計について論じてきた。近年、日本においても、地方自治体やNPOなどによる外国人の社会的排除等に対する支援は大小様々な形で実施されている。こうした取り組みが後追い的にではなく、受け入れの決定とセットになって、初めから、そして正面から向き合うよう、制度的に組み込むことが、将来世代に共生の枠組みを承継するために求められているのである。

6 終わりに
  本稿における成果は以下通りである。第1に、少子高齢化に伴う人口構成の変化に対し、世代間の受益と負担の観点から、移民政策を議論の俎上に載せることが検討されるべきであることを示した点である。第2に、世代間公正義務が移民政策においても拡張可能であることを示し、この重要性について論じた点である。その上で、第3に、具体的な制度設計について、一案を示した点である。
  人口減少社会に突入し、様々な分野で歪みが生じている現代にあって、私たちはすぐにでも決断を迫られている状況にある。こうした中で、世代間公正の観点から議論を行うことは有用であり、今後こうした視点から、移民政策を含めた、あらゆる選択肢が国民的議論へと発展していくことを期待したい。
1 本稿で移民政策を主張する場合、対象となる移民には、長期在留を目的とした者であって、将来的永住候補者を含む。
2 野田内閣総理大臣記者会見、2012年8月10日
[http://www.kantei.go.jp/jp/headline/syakaihosyou.html](最終検索日:2012年10月30日)
3 厚生労働省雇用政策研究会「平成24年雇用政策研究会報告書」、2012年、62頁。
4 社会保障制度と世代間正義の関係については、第6回財政・社会保障の持続可能性に関する「制度・規範ワーキング・グループ」(2012年5月28日)議事録、宇佐美誠氏発表部分を参照。[http://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/k-s-kouzou/shiryou/wg2-6kai/wg2-6kai-gijiroku.pdf](最終検索日:2012年10月30日)
5 各国の変遷をまとめるに当たり、スティーブン・カースルズ、マーク・ミラー(関根政美、関根薫監訳)『国際移民の時代[第4版]』名古屋大学出版会、2011年、125-143頁、294-296頁及び317-342頁を参考にした。
6 同上、142頁。
7 同上、340-342頁。
8 同上、314頁。
9 宇佐美誠「将来世代への配慮の道徳的基礎―持続可能性・権利・公正」、『世代間衡平性の論理と倫理』東洋経済新報社、2006年、272-275頁。
10 同上、272頁
11 同上、274頁
12 フランスについては、駒井洋、小井土彰宏他『移民政策の国際比較』明石書店、2003年、88-89頁、ドイツについては、スティーブン・カースルズ、マーク・ミラー、前掲書、130頁を参照。

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