反骨の官僚が革命家になったわけ

坂中提案

2012年10月、保守の典型と自他ともに認める元東京入国管理局長が革命家になった。在日米国人ジャーナリストが、『ジャパンタイムズ』の「移民が日本を救う」という記事で、坂中英徳を「革命家の顔:元法務官僚、元東京入国管理局長」と世界に紹介したのだ。「日本を救う革命家」と名指しを受け、これは大変なことになったと思った。

それではなぜ反骨の官僚という異名を持つ元法務官僚が革命家と命名されたのか。運命のいたずらで時代の要請と研究テーマが重なり、移民国家を創建する立場になったからである。その時、移民政策のエキスパートとして移民革命の先導者の責任を果たす覚悟を決めた。

もっとも、私はいわゆる職業革命家ではない。一般社団法人移民政策研究所に籍を置き、移民革命思想を唱えるラジカルな思想家にすぎない。

さて、行政官時代、終始一貫、移民国家の理論的研究に取り組んだ。役人生活の最後の2005年には、世界の頂点を極める移民国家理論をうちたてたい、人口崩壊による日本民族の消滅をくいとめたい、そんな途方もない野心が芽ばえた。退官後は、前記移民政策研究所の所長の立場から移民政策関係の研究論文を精力的に書いている。この13年間に著した著作は16冊を数える。

移民政策研究のパイオニアになったのは、1975年に一大センセーションを巻き起こした論文『今後の出入国管理行政のあり方について』を書いたからだ。以後、移民国家のあるべき姿の究明に努めた。

話は2012年に戻る。その時、天から「移民革命の先導者」の白羽の矢が立ったからには日本史上最大にして最高の革命を成し遂げようと決意を新たにした。そして2018年現在、移民革命家の熱意が国民の心を動かし、理想の移民国家をつくる夢が実現する可能性が出てきた。

歴史書をひもとけば明らかなように、革命家と呼ばれる人種は非業の死に追いやられるのが一般的である。私も死を賭してアンタッチャブルとされる移民問題に挑んだ。生きているうちに移民立国のめどが立つとは思ってもいなかった。太平の世に生きる革命家は目標を達成のうえに畳の上で死ねるかもしれない。「天運が7で努力が3」の幸福なる革命家である。

 

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