北朝鮮残留日本人について

坂中提案

2010年3月15日、当時の中井洽拉致問題担当大臣は参議院予算委員会で日本人妻の帰国問題について「あらゆる機会に、この問題を世界に認識してもらい、1日も早く帰国がかなうよう精いっぱい努力する。鳩山首相からは、北朝鮮にいる日本人の生存者をすべて救い出すよう指示されている」と答弁した。北朝鮮に生存する日本人妻らの救出を表明した画期的な国会答弁である。

この国会答弁に出てくる「北朝鮮にいる日本人の生存者」の中には、在日朝鮮人と結婚して夫と一緒に北朝鮮に渡った日本人妻のほか、もちろん拉致被害者が含まれる。さらに、日本ではすっかり忘れられた存在になってしまったが、北朝鮮残留日本人(北朝鮮残留孤児を含む)も救出の対象者である。

そもそも北朝鮮帰国者問題の歴史を振り返ると、1954年1月6日、日本赤十字社が北朝鮮の朝鮮赤十字会に電報を打ち、「終戦後も北朝鮮に残留する日本人の引き揚げが許されるならば、その引き揚げ船を利用して在日朝鮮人の帰国希望者の帰国援助をしたい」という日本政府の意向を伝えたことから始まる。このように、当時の日本政府の主たる関心は、在日朝鮮人の北朝鮮への集団帰国ではなく、北朝鮮に残留する日本人の引き揚げにあった。

しかし、1959年12月14日から始まった北朝鮮帰還事業により在日朝鮮人の北朝鮮への帰国は実現したが、在北朝鮮日本人の帰国は、1956年に36人が帰ってきた以外に、実現することはなかった。その後は、日本政府が北朝鮮残留邦人の救出に動くこともなく、多数の日本人が北朝鮮に取り残された。このことについては北朝鮮に非はない。邦人保護を怠った日本政府の責任は重大である。

日本に入国した脱北帰国者の数人が、北朝鮮残留日本人と会って話したことがあると言っている。年配の婦人と会ったことがある日本人妻は、「日本の方ですね。わたしたちは日本に帰れませんね」と、さびしそうな顔でなつかしそうに声をかけられたという。

彼らの話によると、北朝鮮残留日本人は山奥で集団生活をしており、ジャガイモを主食として命をつないでいるとのことである。

北朝鮮から催促されるまでもなく、政府が人道的見地から、関係者の墓参りや日本人遺骨の返還を求めるのは当然である。しかし、いま政府が真っ先にやるべきことは、存命の北朝鮮残留日本人に救いの手をさしのべることだ。祖国から見捨てられ、北朝鮮に置き去りにされた日本人は、日本に帰る日を夢見、筆舌に尽くしがたい厳しい生活を余儀なくされている。

戦後の日本が犯した最大の過ちである北朝鮮残留日本人問題を歴史の闇に葬らせるわけにはいかない。平成の世に生きる私たちは、遅きに失したとはいえ、せめてもの罪滅ぼしとして、過酷な国で懸命に生きている日本人を救わなければならない。

私は、北朝鮮からの邦人の帰国が近いと予想して、2012年1月30日、移民政策研究所内に「日本人妻等定住支援センター」を設立した。その支援対象者の中には「北朝鮮残留日本人」も含まれる。

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