北朝鮮帰国者支援の原点は「坂中論文」

坂中提案

帰国者問題の本質は、在日コリアンにとって北朝鮮への移住は「帰国」ではなく「移民」であったということである。在日コリアンの大部分は韓国出身の一世か日本生まれの二世であった。彼らにとって共産主義体制下の北朝鮮は、地理的には祖国の一部で言語や文化に共通性はあっても、現実には未知の世界であり、そこへの移住は元いた国に還るという意味での「帰国」ではなかった。実質的には外国への「移民」であった。

しかし、約200人が日本に入国している事実は、まやかしの帰国運動(国際人口移動)に起因する問題が現在に至るまで存在していることの何よりの証明である。それに加えて、帰国者たちの日本へのUターン現象が続いていることによって、帰国者問題は日朝間の現在進行形の人道移民問題に発展した。このことの持つ意義を強調しておきたい。

北朝鮮帰国者問題の本質究明につとめてきた立場から将来を展望すると、いま新たな国際人口移動の胎動が感じられる。ゆくゆくは10万人単位の人道移民が日本へ帰って来る可能性があると私は考えている。

こんどは独裁主義の国から自由主義の国への「民族大移動」である。それはヒトが劣悪な生活環境の国から良好な生活環境の国へ移住するもので、本来の意味での国際人口移動である。移住先国に失望した人たちが昔いた懐かしい国へ還るという自然な形で北朝鮮帰国者問題が解決される時代が訪れると信じて疑わない。

1975年に行われた出入国管理行政発足二五周年記念行事のひとつに、法務省入国管理局職員からの論文募集があった。私はそれに応募し、「今後の出入国管理行政のあり方につて」の表題で論文を書いた。その論文が優秀作に選ばれた。

1977年に前記論文に加筆したものを自費出版の形で公表した。その論文は「坂中論文」の通称で呼ばれ、在日韓国・朝鮮人問題を考えるうえでの不可欠な文献となった。

いま私がやっている帰国者支援の原点は坂中論文にある。論文の「在日朝鮮人の処遇」の項で、北朝鮮帰国者の問題について、「本国への帰還を希望する在日朝鮮人が時の経過とともに減少していくのは自然の趨勢であることを認めなければならない」と指摘した。その時から今日まで帰国者問題への関心を持ち続けてきた。そして、節目においてタイムリーに見解を発表した。

話は、政府部内で北朝鮮からの大量避難民対策が検討されていた1994年に移る。私は、当時の民社党の機関誌『週刊民社』(1994年9月30日、第1691号)のインタビュー記事(「難民が来るとなると、大体どのくらいの規模が想定されるのか」)において、「北朝鮮で迫害を受け、困窮生活を余儀なくされている在日朝鮮人帰還者およびその日本人配偶者約10万人、その家族を含めると約30万人は日本に避難してくる可能性が高い」と述べている。

1994年の夏には、私の指摘を受けて、法務省の倉庫に山積みにされていた9万3000人分の北朝鮮帰還者名簿がパソコンに入力された。1996年から今日まで、パソコンに記録された北朝鮮帰還者名簿は帰国者の入国・帰国の手続きにおいて身分を証明する唯一の手段として活用されている。

2003年6月、「在日は『朝鮮系日本国民』への道を」という表題の論文を『中央公論』(7月号)に発表した。その中で、日朝間の最大の懸案のひとつである北朝鮮帰国者問題の解決のためにも、在日韓国・朝鮮人の朝鮮半島からの決別が求められることを強調した。

〈6800人の日本人を含む9万3000人の帰国者は、北朝鮮社会の最下層に位置付 けられ、差別と監視の対象とされ、飢えに苦しむ生活を余儀なくされている。強制収  容所に送られ、そこで亡くなった人も多いと伝えられている。人権抑圧下と飢餓状態  に置かれている帰国者の実情からすると、北朝鮮から出国できる状況になれば、その  多くが家族を伴って日本に戻ってくる可能性が高い。
絶望的な状態に追い込まれている帰国者は一刻も早い助けを待っている。北朝鮮の非 道な国家体制を支える資金の提供はいっさいしないことを在日韓国・朝鮮人が決断すれ ば、帰国者を人質に取って在日韓国・朝鮮人からカネを搾り取るような北朝鮮の『集金 システム』が崩壊し、帰国者問題の解決の早まることが期待できるだろう。〉

そして2005年3月。法務省入国管理局を退職するのを前に『入管戦記』(講談社発行)というタイトルの本を出した。そのなかで役人人生を終えた後に私がやるべき仕事について触れている。

〈私の入管生活は、『問題提起』と『政策実現』のふたつに代表される充実したもので あった。文字どおり役人冥利に尽きるといってもよいだろう。
ただ、退官を前にしてひとつだけ気がかりなことがある。それは、2002年11月 9日の『読売新聞』のインタビューでも語った「北朝鮮帰国者」の問題である。
この問題については、残念ながら現在に至るまで解決の道筋は見えていない。どうや らこの問題は、行政官の立場を離れたあとの私の宿題になったようだ。
役人人生において『有言実行』を標榜してきた私にとって、『実行』という課題が残 った最後のテーマがこれである。
これは第一線から引退した私が、使命感を持ってやらなければならない仕事である。
私は、志を同じくする在日韓国・朝鮮人とともに、脱北帰国者の支援に立ち上がる決  意である。そして、北朝鮮帰国者問題の解決に余生を捧げたいと思っている。〉

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