北朝鮮との五分の闘いに挑んだ日本人―佐藤勝巳さんが逝った

坂中提案

2013年12月2日、波瀾万丈の人生を駆け抜けた佐藤勝巳さんが亡くなった。もっともっと生きて、歯に衣を着せぬ発言で我々を指導してほしかった。北朝鮮との五分の闘いに挑んだ同士を失ってさびしい思いでいっぱいである。

いずれ佐藤勝巳論を書かなければならないと思っているが、今は、佐藤勝巳さんが編集発行人を務めた『現代コリア』の終刊号(2007年11月発行)に寄稿した小文「佐藤勝巳氏は紫式部以来の偉大な女性を育てた人である」(表題は変更)を墓前に捧げる。6年前に書いたものであるが、佐藤さんへの思いがこもっており、私の追悼文とさせていただく。

北朝鮮との五分の闘いに挑んだ日本人―佐藤勝巳さんが逝った

私は1970年代後半から今日まで、『現代コリア』を愛読してきた。毎号送られてくるとすぐに読んだ。

1977年から1978年にかけて『現代コリア』の前身の『朝鮮研究』に連載された「特集・岐路に立つ在日朝鮮人問題」の中で、私が1977年6月に発表した論文「在日朝鮮人の処遇」は厳しい批判を受けた。しかし、その批判は罵倒的なものではなく建設的なものであった。それ以後ずっと佐藤勝巳さんが編集長の『現代コリア』を読み続けてきた。

その『現代コリア』が本号をもって廃刊になるという。愛読者にとって残念なことであるが、佐藤さんは編集発行人としての労苦から解放されてほっとされておられるのではないか。40年以上も毎月レベルの高い専門雑誌を刊行することは並大抵の努力ではできないことである。「拉致被害者を救う会」の会長職に専念されることで国民の悲願がかなえられる日が近づくのだと思って、我々佐藤さんの応援団は納得しなければならない。

私は『朝鮮研究』の時代は批判の的であったが、『現代コリア』に変わってから、幾つかの論文を寄稿している。例えば次のようなものがある。

(1)「『坂中論文』から20年―東北アジアの新しい国際秩序形成と在日韓国・朝鮮人」  (1995年12月号、第357号)
(2)「これまで在日はどう生きてきたのか―坂中論文から20年」(1998年1・2月  号、第378号)
(3)「在日韓国・朝鮮人の過去・現在・未来」(2000年5月号、第401号)
(4)「小泉総理訪朝後の在日朝鮮人問題」(2002年10月号、第425号)
(5)「脱北帰国者支援は私の使命」(2005年10月号、第455号)

これらを一見して、私が1977年以降に書いた「在日コリアン論」の主要なものはすべて『現代コリア』に載せてもらっていることを知った。佐藤勝巳氏の配慮に感謝する。

佐藤勝巳さんとは30年に及ぶ付き合いになる。在日コリアン問題の先達であるが、気の合った友人として遇していただいたと思っている。

1990年前後だったと記憶するが、私は「北朝鮮帰還事業は在日コリアンを不幸にした元凶だ」と指摘し、佐藤さんにこれを告発する運動を行ってほしいと頼んだことがある。佐藤さんが1960年秋から、日朝協会新潟支部事務局長として北朝鮮帰還事業にかかわった経歴があることを承知の上で、日本人で佐藤さん以外にこの問題をやれる人はいないと強く迫ったのである。

佐藤さんは首を縦に振られなかったが、1990年代後半からは横田めぐみさんなどの拉致被害者の救出運動に精力的に取り組まれることになる。

佐藤さんを日本人拉致問題の解決のための運動に駆り立てたものは何だったのか。そのひとつに、9万3000人もの在日コリアンや日本人妻を「地上の地獄」である北朝鮮に送ったことへの後悔の念があったと想像する。

1998年当時、私は福岡入国管理局に勤務していたが、佐藤さんと横田滋・早紀江夫妻が福岡市で開かれる「横田めぐみさんの救出を訴える集会」で講演されると聞いて、同会に出席したことがある。日本人拉致被害者救出運動はまだ冬の時代で、少人数のさびしい集会であったが、佐藤さんが熱弁を振るわれ、横田夫妻がめぐみさんの救出を切実に訴えられたこと覚えている。

2002年9月17日以降の佐藤さんの大活躍は多くの人の知るところである。しかし、ジャーナリズムはもとより世間の佐藤さんに対する評価は不当に低いものだと感じている。北朝鮮による日本人拉致問題に火を付け、一部の拉致被害者を救出した功労者は誰か。横田夫妻をはじめ拉致被害者家族を支えてきた人は誰か。その中心に位置する人は佐藤勝巳氏だ。

佐藤さんが代表を務める「救う会」が地道に行ってきた「北朝鮮による拉致被害者を助ける運動」があったからこそ、2002年9月17日の日朝首脳会談で北朝鮮の最高指導者が日本人の拉致を認めて謝罪したのだ。そして、「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化はあり得ない」という日本の北朝鮮外交の基本方針も確立された。佐藤さんが組織した日本人拉致被害者救出運動は、日本の国益を守り、政府を動かした国民運動だったと後世の歴史家から評価されるだろう。

2005年秋、私は佐藤さんに、「紫式部以来の日本が生んだ偉大な女性は横田早紀江さんである。高い見識と行動力を兼ね備えた早紀江さんを育てられた佐藤勝巳さんの功績は大きい」と述べた。佐藤さんは私の人物評価に驚いておられたが、横田早紀江さんと佐藤勝巳さんは今日の日本が世界に誇る人物だと思っている。

横田夫妻は北朝鮮と闘う当代髄一の「外交官」である。佐藤さんは時には悩み事に耳を傾ける相談相手として、時には北朝鮮外交の神髄を教える教師として、横田夫妻の寄せる信頼は絶大なものがあるのではないかと私は推察している。

日本人拉致問題の解決のゴ―ルはまだ見えないが、これまでの活動実績を見ただけでも、佐藤勝巳氏は「歴史的偉業を成し遂げた人」だと言えると思う。

佐藤さんは「自由な言論人」「行動する言論人」の立場を貫き通してこられた。42年間にわたる『現代コリア』の編集発行人としての仕事は称賛に値する。北朝鮮の国家体質を知り尽くした人が書いた「北朝鮮論」は他の追随を許さない説得力を持つものだった。

佐藤さんの北朝鮮認識はいつも正しかった。北朝鮮がどう動くかの読みはほとんど的中した。それも当然である。佐藤さんは決して空理空論は書かなかった。すべて豊富な経験に裏打ちされた文章であった。

私は『現代コリア』(前身誌の『朝鮮研究』を含む)の全巻を持っている。近い将来、佐藤さんが『現代コリア』誌上に書かれた膨大な論文を読んで、本格的な「佐藤勝巳論」を試みたいと思っている。

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