今の産業界に外国人材を求める資格なし

坂中提案

私は、人口崩壊の危機に瀕した日本を救うため、向こう50年間で1000万人の移民を入れる必要があると主張している。

しかしそれは、企業が必要とする労働力の確保という、功利的な目的に偏った立場からの移民政策論ではない。そのような立論は、あまりにも近視眼的であり、また利己的で無責任きわまるものである。

日本社会は、受け入れた外国人に「社会に適応してもらう」ための努力をしてきたのだろうか。企業は、自分たちの会社で働いている外国人が日本に満足して暮らせる生活環境を整えることについて配慮してきたのだろうか。

その答えは、私がいまさら述べるまでもないだろう。

日本の産業界は、正しい外国人の受け入れの典型とされる「移民の受け入れ」について声を挙げることはない。何を恐れているのか。なぜ沈黙しているのか。

もともと国家的見地から物事を考えることのない、会社の目先の利益のことしか頭にない経済人に、それを期待するのはどだい無理ということなのだろう。経済界に憂国の士はいないとあきらめるしかない。

しかし、経済界は移民に反対かというと、そうではない。経済人に本音を聞くと、内需拡大と若い労働力の確保に不可欠な移民政策に賛成という答えが返ってくる。経済界が経済の活性化をもたらす移民政策に魅力を感じていることは確かである。

経済界が外国人材を欲するというのであれば、自らの外国人処遇のあり方を正してからにしてもらいたい。まず何よりも先に、経営者は日本人よりも劣悪な労働条件で使っている外国人雇用の現状を改めてもらいたい。

たとえば、米国、中国から現代版奴隷制度と呼ばれ、世界のひんしゅくを買っている「外国人研修技能実習制度」ときっぱり手を切るべきだ。これが日本の評判をどれほど落としているか、知らないわけでもあるまい。この制度に全面的に頼る経済界と、これを支える官僚組織に猛省を促す。

さらに注文をつければ、国籍・民族・性別に関係なく能力本位で地位や給与を決定する経営風土と、外国人の能力を引き出し活用する経営姿勢を早急に確立してもらいたい。

つまり、いま日本で働いている外国人の環境整備に意を用いていない企業に、外国人材を求める資格はないということだ。

来るべき移民時代における経済界は、最低限の企業の社会的責任として、移民を雇用する場合に、「正規雇用」と「同一労働・同一賃金」の原則を厳守してもらいたい。日本人と移民との経済格差を広げるようなことは絶対してはならない。それを守らない経営者は、1千万人の移民とマノリティー社会を敵に回すことになろう。

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