人生意気に感ず

坂中提案

移民政策一本の道を思い起こすと、政策論文を書き続けることの精神的苦痛は大変なものだったの一言に尽きる。政策の実現に捨て身で立ち向かったときのことは鮮明に記憶している。だが、政策が実現したときに達成感を覚えたことは一度もない。また、学会、政界などから業績が評価されたこともない。よく精神の異状をきたさなかったものだと思う。

30の時に世間の物議を引き起こす政策論文を発表し、非難と罵倒の集中攻撃を受け、何物も恐れない、社会の評価など気にしない、不撓不屈の精神力が身についたのだろう。

自分の実力以上の業績をあげたと思うが、精魂を込めて事に当たれば一念天に通ずるということがあるのだろう。にっちもさっちも行かない困難な状態に追い込まれたときには天の助けがあって活路が開けた。

天運に身を任せるような職業人生が尋常なものでないことは自分でもわかっている。綱渡りの連続の役人生活をすごした。行政官の晩年の地方局長時代には各方面から数々の脅迫を受けた。法務省の幹部から「命あっての物種」と忠告された。親しい後輩が「坂中さんは不器用な生き方をつらぬく侍」と慰めてくれた。

タブーとの闘争に明け暮れる職業人生だったが、無人の原野を一人で突き進み、自分の信念を貫いた。最終的には時勢が味方し、移民政策提言の大部分が実現した。これからも厳しい試練にさらされることに変わりはないが、国歩艱難の折に遇った稀有の経験を活かし、大きな目標に向かって歩を速めたい。

 

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