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人材育成型移民政策の核心

入国管理局時代の私は、不法外国人を厳しく取り締まった人間として知られていた。在日外国人の間で「鬼の坂中」と呼ばれていたと承知している。

異論はない。「公正な出入国管理」を行うことを定めた出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」と略称)に基づき、行政官として厳正な処分を行ったことは事実である。

外国人と共生する社会に日本が向かうかどうかのカギは、日本人の外国人観にある。外国人像が犯罪やテロといった負の要素と結びつけば、外国人との共生は実現不可能になってしまう。国民の外国人観を悪化させないためにも、不法な外国人の入国を認めない入管の仕事は重要であると私は考えた。

たとえば、2001年の同時多発テロを境に、建国以来、移民に寛大な国であった米国は一転して、移民の入国を厳しく規制する国に変わった。

米国は、もともと移民が作った国だ。移民の積極的な受け入れを国是としてきた。その国がテロにより、移民に対する姿勢を一変させた。米国の移民政策の歴史的転換を日本の入国管理の教訓としなければならないとその時心に刻んだ。

1990年の入管法の改正以前の、戦前・戦後の長い間、政府は就労・定住目的の外国人をほとんど受け入れてこなかった。当時の入管現場の合い言葉は「定住防止」だった。新規採用の入管職員は外国人の永住を阻止することが入管行政に課せられた使命だと先輩から叩き込まれた。背景には「人口増の続く過密社会」という社会事情があった。

しかし、今の日本は世界の先頭を切って人口減少時代に入った。これからの日本は、1000万人規模の移民を計画的に受け入れていく必要がある。大胆な移民政策をとらないと、人口激減に見舞われている第一次産業地帯では村や町の多くが消滅の危機に見舞われる。消費人口と生産人口の激減で経済はマイナス成長が当たり前になる。それだけでない。財政の破綻、銀行の倒産、社会保障制度の崩壊の危機が刻々迫る。

外国人労働者をもっと受け入れよとの議論があるが、私はそれには反対である。「労働者」の受け入れという立論は、外国人を「出稼ぎ労働者」として短期間こき使う印象が強いからだ。そうではなく、人口減の日本に必要な人材は「移民」である。当初から日本社会の一員として受け入れ、将来は日本国民になってもらうことを視野に入れて、安定した法的地位と待遇を保障する移民政策への転換が不可欠である。移民として受け入れることによって初めて、日本人と移民との共生社会の創成が国民的課題となる。

これから50年で1000万人の移民を計画的に受け入れ、人口1億人の多民族共生社会として踏みとどまることなら、日本人の高い教養レベルと異なる民族に対する寛容の心に照らすと、十分達成可能な国家目標であると私は考えている。

その場合、移民受け入れの仕組みが成否を決める。日本は「人材育成型」の移民政策をとるべきだ。外国人が日本の学校で日本語や高度技術を学べるようにし、国内で「有能な人」に育てるのである。移民を受け入れる産業界は、移民の持つ能力を引き出し活用する。国籍・民族に関係なく能力本位で地位や給与を決定する。

海外では主要都市に「ジャパン・カルチャー・センター」を設置する。日本の文化に興味を持つ世界の若者に日本語を教える。そこで発掘した有為の青少年を国費で受け入れ、教育機関や就職先を世話し、速やかに永住許可と日本国籍を与える。

日本が受け入れる外国人を社会の各方面で活躍する高度人材に育てるためには、大学の協力が不可欠である。日本に新規に入国した外国人および永住外国人(移民)の子弟のための高等教育機関として、大学が重要な役割を果たす必要がある。ゆくゆくは100万人規模の外国人が学ぶ高等教育体制を構築する必要があると考えている。日本の人材育成型移民政策が成功するか否かは、留学生受け入れ制度の拡充と活用にかかっているからだ。

外国人の受け入れについて日本には反省例がある。1983年に立てられた留学生10万人受け入れ計画と、1991年から始まった日系ブラジル人の受け入れだ。

外国人の受け入れについて日本には反省例がある。1983年に立てられた留学生10万人受け入れ計画と、1991年から始まった日系ブラジル人の受け入れだ。

留学生の大半を占める中国人留学生には、蛇頭のようなブローカーに300万円もの借金をして来日した学生が少なくなかった。返済に困り、不法滞在して働き続ける人が続出した。日中の経済格差が大きいにもかかわらず、奨学金や寮制度などの受け入れ体制を充実させることなく大規模に受け入れた政策が問題発生の要因だった。

私は名古屋入国管理局長だった2000年、トヨタ自動車関連の職場で働く日系ブラジル人の実態を見た。彼らの子供たちの生活状況は劣悪だった。ポルトガル語しか理解できないから、日系ブラジル人の子供の4割しか日本の小学校に通っていなかった。日本語の読み書きができない子は進学も就職もかなわない。不良化し、犯罪に及ぶ子もいた。

日本は外国人に夢も希望も与えてこなかった。たとえば、日本企業の外国人雇用の実態は、もっぱら低賃金労働者として利用しているだけで、外国人の能力を正当に評価し、日本人と同等の待遇を与えるものではない。そしてこれこそ、経済界が主張する「外国人労働者受け入れ拡大」に、私が警戒感を抱く一因である。

日本に「今」いる外国人たちの境遇を見るだけでも、人材育成型の移民政策の必要性が理解されるはずだ。