人口激減に耐える社会を作るのはハードルが高い

坂中提案

政府は2014年5月、突如として、50年後の日本が人口一億の大台を維持するため、2030年までに出生率を2・07に高める目標を立てた(経済財政諮問会議の中間報告書)。希望数値ということなのだろうが、それにしても政府当局がそんなハードルの高い政策目標を掲げるのはいかがなものか。

超少子化の時代が訪れるのは文明国の宿命である。日本だけでなく世界各国とも、教育の充実、都市化の進行、産業構造の転換、女性の地位向上、個人の生き方の多様化など、文明の発達とともに少子化時代に入っている。少子化は、文明を駆使して万物の頂点に立った人類のさけがたい運命なのだと理解している。

成熟した文明社会の筆頭格の日本においては、仮に出生率の向上に役立つ政策を総動員しても、出生率が短期間に劇的に回復する可能性は限りなくゼロに近いと言わなければならない。

少子化時代がこれから長期間続くと考えるのが自然だ。仮に少子化対策が奇跡的に成功をおさめ、出生率が増加基調に転じることがあるとしても、子供を生む世代の人口が激減しているので、出生者人口が増加に転じる時代は遠い先のことだ。そのことの何よりの証明がある。

政府は50年後の日本人口の目標を1億とし、一億総活躍社会の形成を目標に掲げている。それは当然、50年間で3000万人の人口減を前提として立てた国家目標であろう。そうであるとすれば、一億総活躍をいう前に、3000万人の人口減をどう乗り切るかという問題にこそ、国の総力を挙げて取り組むべきではないのか。

1000万人の移民の受け入れよりも、3000万人の人口減に対応する社会を作ることのほうが、よほど大変な国家的大事業になるのは確実である。1億の人口が生存可能な国づくりには、1000万の移民を入れる「移民革命」とあわせて、今や人口増加期の遺物となった国家制度の大改造=「日本革命」が必要である、と私はかねてより主張している。

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