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世界の知識人から大いなる勇気をもらった

 
世界の知識人の評価と日本の知識人の評価の隔たりが大きい。日本の移民政策のことである。私が提唱する移民国家ビジョンに対する世界の知識人の評価は高い。いっぽう、日本の知的世界おいては論評の対象にすらならない。国の基本政策の根本的な転換を迫る坂中移民政策論は日本の知識人にとってどう扱っていいのかわからない代物なのかもしれない。

44年前に私は、日本の知識人は時代を見る目も人を見る目もないと見抜いていた。

1975年に書いた在日朝鮮人政策論が、根拠のない理由に基づき、当時の進歩的文化人や大学教授から袋叩きの目に遭った。その時から今日まで一貫して日本の知識人に対する不信感を持ち続けている。それどころか最近は、移民政策に関して政治家の顔色ばかりうかがっている大学教授・文化人を軽蔑している。

私の革命的な移民政策は日本の知識人から無視される状況が久しく続いているが、政府が移民立国で動き出したら、世界の評価と国内の評価の差はたちどころに解消されるであろう。この問題は世界の評価に日本の評価が追随する形でおさまる。そして、節操のない当代の大学教授・文化人たちの移民賛成の大合唱が始まる。彼らは昔から移民政策に賛成であったなどと弁解につとめる。私は主義・主張をころころ変える光景を見たくないが、日本の近現代史においてよく見られる知識人の態度である。

私が会った世界の知識人と日本の知識人とでは人を見る眼力で雲泥の差があると感じる。

2007年7月、日本政治が専門で在日歴が長いテリー・E・マクドゥガルスタンフォード大学教授(当時)と会い、日本の移民政策のあり方をテーマに突っ込んだ議論をした。ライフワークの「日本移民政策史」(仮題)を執筆中の碩学から、「日本人には寛容の心がある。日本には和の精神で外国人をもてなす良き伝統がある。坂中さんが提唱する日本スタイルの移民政策は成功をおさめるだろう」との激励の言葉をいただいた。ちなみに、同教授は私の著作の大半を読破した知日家である。1975年の坂中論文以来の移民政策ウォッチャーから評価され、私の目ざす移民政策の方向性は間違っていないと自信をもって前に進むことができた。

2013年9月、南カリフォルニア大学日本宗教・文化研究センターのダンカン・ウィリアムズ所長から、「ハイブリッドジャパン 」講演シリーズの一環として、「日本の未来と日本の移民政策」のテーマで基調講演をしてほしいとの依頼があった。あわせて、世界の移民政策の研究者が集まる「日本の移民政策と社会統合に関するシンポジウム」への参加要請があった。私がハイブリッドジャパンの一人に選ばれた理由は知らないが、ダンカン氏は作家の村上春樹氏と映画監督の宮崎駿氏をハイブリッドジャパンの代表的人物と評価していた。

南カリフォルニア大学准教授(当時)は、2013年末、講演の打ち合わせで来日のおり、「移民国家日本の未来像」を描いた私の著作を「真の移民国家ビジョンを打ち出したもの」「日本の伝統的精神風土から生まれたもの」と、異例の言葉を使って評価した。坂中移民政策論を的確な表現で論じたダンカンさんから大いなる勇気をもらった。そのとき私は、日本の精神風土に根ざした人類共同体思想で世界に打って出ようと思い立った。なお、同准教授は母親が日本人で日本人の心がわかる英国人である。日本仏教学が専門で、「ダンカン」という名は僧侶によくある名前である。

もし私の移民国家ビジョンに共鳴する外国人の励ましがなかったならば、移民国家理論の頂点の八合目まで登ることができたかどうか疑問である。日本の知的世界において30冊余の著作物が黙殺される状況が続く中、移民鎖国の強固な壁と闘う気力が失せ、移民国家を創建する仕事から手を引いていたかもしれない。

日本が大好きな外国の知識人たちは、人口激減時代に入った日本の行く末について、日本人以上に心を痛めている。海外の友人たちとの感動の出会いは私の一生の宝である。