世界の人道危機を救う役割が日本の移民政策に託された

坂中提案

入管時代、誰もが恐れて手をつけない課題に挑んだ。アンタッチャブルとされる問題と格闘した。それが幸いした。競争相手がいなく、私の独壇場であったので、自由自在の活躍が許された。在日朝鮮人の処遇問題(1975年)に始まり、中国人偽装難民事件(1989年)、フィリピン女性の人身売買事件(1995年)、北朝鮮残留日本人妻の帰国問題(2002年)、人口減少社会の日本の移民政策のあり方(2004年)など、出入国管理行政上の難問と取り組んだ。

2005年に法務省を退職後は移民政策研究所を設立。以後、人口崩壊の危機に襲われた祖国を救うべく、移民国家ビジョンの構築とその実現に全力を傾けている。2017年現在、移民受け入れ問題は、私の問題提起を受けて、国民的課題に発展した。41年間、移民政策に関する理論の形成と実践をこつこつと積み上げた結果、国民の大半が実現不可能と考えていた移民鎖国体制をくつがえすところまできた。未踏の原野を一歩一歩前に進めば展望が開けることもあるのだ。

現在のわたしは、移民政策のオピニオンリーダーの立場から、世界の模範となる移民国家の建国を政府と国民に迫っている。未曾有の人口危機を乗り越えた移民国家日本が、世界の若者が移民したいと憧れる国として屹立する時代をみすえている。

だが、昨今の世界情勢は、そんな悠長に構えていることを許さなくなった。それは、今日の世界が緊急に解決を迫られる世界的課題になったのだ。世界の人道危機を救う役割が日本の移民政策に託された。

米国、フランス、ドイツなど既存の移民国家で移民排斥と人種差別の考えが幅を利かせる中、地球規模での人類共同体社会の実現を柱とする坂中移民革命思想は世界史的意義をはらむものになった。私は世界の移民政策をリードする覚悟を決めている。

« »