万般の責任を一人で引き受ける

坂中提案

江藤淳の「海舟余波ーわが読史余滴」(文春文庫)を読んでいたら、勝海舟が1868年のことを回想しているのが目にとまった。現在の私の心境と重なる部分があるので引用する。

〈万般の責任を一人で引き受けて、非常に艱難にも耐へ忍び、そして綽々として余裕があるということは、大人物でなくてはできない。こんな境遇に居つては、その胸中の煩悶は死ぬるよりも苦しい。しかしそれが苦しいといつて、事局のいかんをも顧みず、自分の責任をも思わず、自殺でもして当座の苦しみを免れやうとするのは、畢竟、その人の腕が鈍くて、愛国愛民の誠がないのだ。すなはちいはゆる屑々たる小人だ。〉

ここ数年、孤立無援の闘いが長く続いて精神的にまいったせいか、引退願望に駆られることがしばしばあった。さすがに自殺までは考えなかったが。その一方で、ここまでがんばってきたのだから最後までやリとげなければならないと強気になることもあった。そのせめぎあいの日が続いた。

それがなぜか、今年の春、突然、安心立命の境地に達した。千載一遇の機会にめぐりあったことに感謝し、移民革命の先導者として万般の責任を引き受けてやれるところまでやるということで心の整理がついた。

現在の私は、1975年の坂中論文の呪縛がとけてすっきりした気分である。自分にくだった天命にしたがって淡々と移民国家建設の大業に挑む。

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