万般の責任を一人で引き受ける

坂中提案

江藤淳の「海舟余波ーわが読史余滴」(文春文庫)を読んでいたら、勝海舟が1868年のことを回想しているのが目にとまった。現在の私の心境と重なる部分があるので、ここに引用する。

〈万般の責任を一人で引き受けて、非常に艱難にも耐へ忍び、そして綽々として余裕があるということは、大人物でなくてはできない。こんな境遇に居つては、その胸中の煩悶は死ぬるよりも苦しい。しかしそれが苦しいといつて、事局のいかんをも顧みず、自分の責任をも思わず、自殺でもして当座の苦しみを免れやうとするのは、畢竟、その人の腕が鈍くて、愛国愛民の誠がないのだ。すなはちいはゆる屑々たる小人だ。〉

ここ数年、孤立無援の闘いが続いて精神的にまいっていたこともあって、引退願望に駆られることがしばしばあった。さすがに自殺までは考えなかったが。その一方で、これまでがんばってきたのだから、最後までやリとげなければならないと強気になることもあった。そのせめぎあいの日々が続いた。

それがなぜか、2013年の春、突然、人生を達観する心境になった。天職にめぐり合ったことに感謝し、移民革命の先導者として万般の責任を引き受け、やれるところまでやるということで心の整理がついた。

現在の私は、1975年の坂中論文以来の呪縛がとけてすっきりした気分である。天命に従って移民国家建設の大業に挑む。

« »