ミスター入管時代の実績がものを言った

坂中提案

法の厳正な執行を旨とする国家公務員を卒業した堅物が革命家と命名されたのは晴天の霹靂であった。もっとも冷静に考えると、人口危機に陥った日本を救うという大任を果たす日本人は、入管法と入管行政に精通する坂中英徳以外にいなかったということなのだろう。時代の要請と役人時代のキャリアが重なる幸運に恵まれ、自然の成り行きで移民国家を創建する使命を帯びる立場になったということである。

国家公務員時代を振り返ると、一途な気持ちで移民国家の理想を追い求めてきたが、特別の才能があったわけでも、なみはずれた努力をしたわけでもない。たとえて言えば、誰もおそれて近づかない問題に食らいつく嗅覚にたけた一匹おおかみが、イノシシのように目標に向かって猛進したということではないか。

そのとき同時に、動物的勘が働き、日本の未来を決める歴史的瞬間とめぐり合った天運と、移民革命の先陣を切る運命を悟った。人生には人知の及ばぬ神秘的な出会いがあり、細流が大河の流れに変わる転機があるのだろう。それと遭遇したのは、国家公務員の職を辞した2005年の春のことであった。今から思うと、そのときの私は人生の岐路に立っていたのだが、移民国家の建国に残りの人生をかけようと決心した。

さて、官僚の末席を汚したことがある私は、官僚組織が移民革命に対する抵抗勢力になれば、坂中移民国家構想は実現しないことを熟知している。そこで2015年の夏、霞が関の中枢幹部たちと会って、今後の移民政策のすすめ方について腹を割って話をした。彼らは「先輩の日本型移民国家構想に賛成です。それしか日本再生の道はありません」と語った。

そのとき、官僚の世界において「伝説の官僚」で通っている元行政官の立てた移民政策が霞が関の高官たちの心をとらえたと思った。ミスター入管時代に積み重ねた実績がものを言ったのかもしれない。

内閣官房の経済官僚たちが坂中構想を支持する立場を鮮明にした。現役時代、霞が関で異端者とされた私のまわりに有為の官僚たちが集まってきた。衰退の一途をたどる日本の将来に強い危機感を持つ官僚機構の中から国士が輩出し、私の志を引き継いでくれるだろう。霞が関の役人が一丸となって支える移民国家日本の前途は安泰であると確信した。

 

« »